伝わればいいと思う
失ってしまったものの一片でも
与えてやれたなら良いのに、と
相~kindness~
我が耳を疑った。最近やたらと構ってくる男が笑顔で告げた言葉に。これは夢だろうかと考えた。そうであるなら何という悪夢か。
「ロックオン・ストラトス。今何と言った」
一応訊いてみる。最近忙しかったから疲れていて聞き間違えたのかもしれない。そんな淡い期待を込めて。
「今日から相部屋だ。よろしくな、刹那」
ご丁寧にも先程と一言一句違わぬ台詞が返って来て、淡い期待は粉々に砕けた。彼が先程から手の中で弄ぶカードキーが、これが事実であるという裏付けであるかのようにも思えてきた。
「お前が使ってた部屋は他の奴が入るから、荷物まとめたら俺の部屋に来いよ」
はいこれ合鍵、とロックオンは刹那にカードキーを半ば無理やり押し付けて、更に早くしろよ、なんて付け加えてそのまますたすたと去って行ってしまった。
刹那はしばしば押しつけられたカードキーを眺めて、とりあえずぽいと捨ててみた。それから個人端末を手に取ると、一通の連絡メールが入っていた。嫌な予感がしたものの、普段通り機械的に指を動かしメールを開くと、正に先程ロックオンが言っていた旨が堅苦しくだらだらとつづられている。刹那はとりあえず端末の電源を切り、床に打ち捨てたもの言わぬカードキーをただ睨みつけた。
荷物なんて大そうなものはない。元より身一つで来たのである。生活に最低限必要なものしかない。だから刹那は少し大きめのカバンにそれらを乱暴に押し込んで、部屋を出た。残念なことにしっかりと記憶していたロックオンの部屋へ来るまで、普段の倍以上の時間を要しながら、それでも辿りつく。部屋に踏み込むのも、ブザーを鳴らすのも抵抗があって、暫くその場にじっと立ちすくんでいると、唐突に目の前の扉が開いた。
「いつまでそこに立ってるんだ?」
不思議そうな、それでいてどこか笑みを含みながら訊ねてくるロックオンに、人の気も知らないで、と内心毒づく。何が哀しくてこの男と相部屋にならなければならない。少しの接触さえ避けてきたのに。しかしこれも任務の一環ならば、と自分を納得させようと思うもなかなか難しいものだった。
「何か言いたそうだな?」
「…………何故こんなことになったのか、納得のいく理由が欲しい」
「理由? ティエリアみたいなことを言うな。まぁ、簡単に言うと喜んで受け入れた任務、かな」
軽い口調で言われた言葉に、顔を曇らせる。任務、という言葉に芋づる式に思い出された自分の失態。かつて仲間の体調管理も自分の仕事だと言ったこの男に、失態を晒した。否、失言をしたというべきか。考えるだけでも己の無知やら何やらで今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られるものの、そんな刹那に気付いているのかいないのか、大して気にも留めることなくロックオンは話を続ける。
「お前にまっとうな食生活をおくらせるには、誰かと相部屋にするのが一番だろうってことになってな。それで俺が立候補したってわけだ」
「……何故」
「他の連中よりはお前を知っているし、ティエリアと一緒にしても意味なさそうだし、ミス・スメラギは酒飲ませそうだったからな」
だから進んで受け入れたのだと、ロックオンは笑った。
不思議だった。この男の思考が理解できない。それなのに嫌悪感はない。おそらくそれは、目の前の碧の瞳に嘘も悪意も感じなかったからだ。それよりももっと暖かくて、どこか切なくなるようなものを感じる、気がする。いずれも憶測で根拠のない想像だし、その不確かなももの正体はさっぱり見当がつかないけれど。それでも、その瞳を見ていると、何だか無性に泣き出したくなるような、熱いものが込み上げてきて、刹那はその瞳から目を逸らした。
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久々に書くものだから色々と「ん?」ってシーンが多かったです。
この長編で書きたいものって結局はロックオンが如何にして刹那の信頼を勝ち取ったか、だった気がするので何かそんな感じに続いて行くんじゃないでしょうか?(誰に訊いてんの)
この長編の中でロックオンにとって刹那は被害者である、という認識が強くて(だからって同情したりとかってのは今の刹那の姿からして正しくはないとも思っていて)、皆が当たり前のように享受するものを持っていないこの子に、自分が(家族や他の人から)与えられたもののひとかけらでも与えてやれたらいいのにって思ってるんだと思います。
読み返してて「えぇ」と自分でも思った刹那の失態やら失言は、美坂の中で「刹那は現代日本でいう中学二年生と同じ年頃の子どもである」という認識があるからこそのことだと思います。だからこれから2年の間で、そういった子供っぽい感情がなりを潜めるんじゃないかなーとか。で、それはロックオンの影響が大きかったのかなーとか、漠然と思ってます。でもそこまで書かない。
多分後5話くらい。そこまで書き切ったら、未来の話を書きたいな、と漠然と思ってます。
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