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「 赤い光(完結) 」

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2024.09.30 Monday 09:30

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赤い光(完結)

2010.02.22 Monday 04:38

オリジのBL小説です。
今までずっと温めて来たネタをかなり端折ったもの端折って改変したもの。
傾向的には温和な腹黒(へたれ疑惑)×強気な感じ。
capriccioさんとこのお題に沿ったSS形式。
6だけ18禁なので注意。飛ばしてもまぁ大丈夫です。
完結しました(2.23)

Freak Serenade op.01
小夜曲 第一番

01. 見えない目が欲しかった

どうして、と唇が動いた。音は無くただ、ただ、吐息だけがこぼれて。
拒絶することも出来たかもしれない。嘘だと叫ぶことだって、出来たはずだ。それなのに、こんな結末はすとんとこの心に落ちてきて、全てに合点がいく納得したと、冷静な自分が頷いた。
「…んで、お前なんだ…」
驚くほど弱々しくて、強い風が吹けばかき消されてしまいそうなほど。
無風のこの場所で、目を開いて、まっすぐその姿を見据えて、振り上げた手はどこにも行けなくて、ただ、震えて。

――こんな現実、見えなければよかったのに


02. やさしいせかい

数日前に時は遡る。
何処までも蒼い空を見上げて、平和だなぁと呟いた。
誰もいない休日の学校の屋上。丸い給水塔の上に腰をおろして、某つきキャンディを口の中で転がす。
平和だ。平和。平和すぎて退屈。つまらない。ああ、何て美しい日常。ぶっ壊れてしまえ。
「黒いオーラが漏れてる」
下の扉から姿を現した白い青年。白い肌を白いスーツで包んで、シャツも白、ネクタイも白。髪の毛は少し青灰が混じった白。瞳は――異質な赤。アルビノ、と誰かは云ったけれど、この男は最初から『白』として生まれてきたのだと信じて疑わない。
そんな白い青年に黒いと云われて、けっと悪態を吐いた。
「腹の中が真っ黒な奴がよく言うよ」
「ん。だけど俺は外には出さないから」
にこりと笑う白い青年は、自身のどす黒い内面を外面の白で覆い尽くして隠している。そんなこと、実際にこの男の黒に触れない限り誰だって信用しないだろう。それほどまえに、完璧にこの男は白なのだから。
「目の調子は如何? 空は赤く見える?」
「見えない。空は蒼いし雲は白い。そしてあんたはどす黒い」
「うーん、やっぱりもう少し調整が必要みたいだね」
皮肉をさらりと受け流して、男は人差し指をくるくると回す。それにつられるように目の奥に鈍い痛みを感じて、苦痛に顔を歪めた。
「てっめぇ」
「ああ、ごめん。痛かったか」
「当たり前だろ!」
だからお前は腹黒いって云うんだ!そんな叫びは心の奥深くに封じ込む。これ以上痛い思いをするのはごめんだ。
一年前、光を失った。蒼い双眸は何も映すことがなく、世界は闇に覆われた。そんな時に現われたのがこの男――奏だった。
奏は自分は魔法使いだと云った。だからその瞳にもう一度光を与えてあげる、と。半信半疑だった。けれど、光を失う以上の最悪なんて想像しなかったから、二つ返事で了承した。
奏は瞳を再生することはできるけれど、取り戻すことは出来ないと云った。別に構わないと答えた。結局のところ、この瞳にもう一度光が宿るのなら、どちらでも同じだと思ったからだ。
奏は瞳をリバースさせた。蒼い双眸はもう一度世界を映し出した。けれど、何かが足りなかった。
奏は云った。瞳を再生したことにより、以前の瞳から得ていた知識の記録を失ったのだと。
そう云えば、奏はそんな風なことを何度も云っていたと思い出したから、怒るに怒れなくて、何かが欠けたまま生まれ変わった瞳で世界を見る。
今でも、この瞳は奏の魔力とシンクロしているらしく、奏の魔力が極端に減少すれば視界不明瞭になるし、奏が少し力を加えれば目が痛むこともある。
まるで手綱を握られた気分だ。だけど、あの暗闇の中にいるよりは随分マシだ。
奏の纏う雰囲気は、暗闇の中でも暖かかった。光を取り戻した瞳で初めて見た奏は、何だか想像通りの人間で、だけどそのあまりもの白さに嘘臭いと云ってしまった。奏は面と向かってそんなことを云われたのは初めてだと笑っただけで、特に怒りはしなかったけれど、目の奥はずきずきと痛んだ。
失った視覚からの情報というものは意外と大きなもので、記憶の大半を占めていた。そうすると、最早自分自身がリバースした気分だ。自分が誰でどういった者なのかはだいたい理解できたが、目的も目標も何も無くて、途方に暮れた。
そんな時、奏は云った。一緒に来ないかと。だから訊ねた。お前について行けばどんな得があるのか、と。
すると奏は答えた。

――優しい世界を視せてあげる


03. 幾度も生まれる恋を殺して

さて、終夜は学生ではない。どこかの高校に通っていたような気がするが、こんな状態でもう一度その高校に通う気にもならなかった。そして、終夜よりいくつか年上の奏もまた学生ではなかった。自営業者だと自称魔法使いの奏は云う。そんな二人が如何して学校の屋上にいるのか、答えはとても単純だった。
「で、見つかったのかよ」
「うん。校庭の隅っこの穴に落ちて眠ってた」
「フン。人様を散々バカにして、そんな所で悠長に昼寝かよ」
「泣き疲れて眠っていたのかも」
「鳴き疲れたの間違いだろ?」
「ん。何かエロいね」
「犬が?」
「ううん。シュウが」
「…ほざけ、腹黒」
奏がすうと右手を上げたので、思わず身構える。けれど奏は可笑しそうにくすくすと笑うだけだった。
「俺が恐いなら、そんなこと云わなければいいのに」
「誰がお前なんか恐がるかよ!」
「ふふ。身体は正直だよ?」
「どこの18禁小説だ」
「ああ、やっぱり思春期だねぇ。そんなことに興味津々なんて」
「てぇめぇぇえええ」
立ちあがり、ギっと奏を睨みつける。けれど奏は相変わらずにこにこと微笑むだけ。
「そんなことより、フランソワ・フェルナンデス・シュヴァルトハイト君が何故あんな場所にいたのかって話なんだけどさ、あそこで彼女のリリーちゃんが死んだからかもしれない」
大仰な名前のついた犬と、その彼女だと云う雌犬。犬にそんなに深い愛情があるのかと訝しんで目を細める。けれど奏の認識は少し違うらしい。
「フランソワ・フェルナンデス・シュヴァルトハイト君は、もしかしたら彼女と同じ場所に逝きたかったのかも」
「犬が犬の後追い?」
「犬の感情が解明されているわけじゃないから、あり得ない話ではないよ。それに俺らのような存在は、そういった感情を大切にするんだ。想いは力になるから」
「雄犬の雌犬への想い、ねぇ。ただの性衝動じゃないのか」
「違うって思った方がロマンがあるだろう? 恋とかさ」
「…恋ねぇ」
「君は、恋をしたことはある?」
奏は無邪気に問いかけてくる。確かに、視覚からの情報という記憶を失っても、観念的な想いというものは沈殿している。だけどそれが何処の誰に対してのものだったのかは覚えていない。形もない不確かなしこりとして、それは胸の奥の奥の部分に残骸のように残って。
「俺はあるよ。ダメだと分かっていても、何度も何度も繰り返し恋をした」
「輪廻転生とかそう云った話?」
「どうだろう。俺は魂の循環を否定はしないけれど、確証を持っているわけでもない。でもね、何度だって繰り返しその人に恋をしただろうし、愛したと思うよ」

――そしてきっとその度に、その想いを殺してきたんだ


04. 砕けた言葉

日が暮れる時刻。奏と並んで日に向かって歩く。赤い光は眩しすぎて、瞼の裏に不思議な色の残像を残す。
「視覚からの記憶がなくても、音や匂い感触、そういったものは覚えているんだろう?」
唐突に、本当に突然に奏はぽつりと呟いた。質問というより確認に近いニュアンスを持った言葉に、頷く。
「覚えてる。感覚的には、目をつぶって過去の体験を繰り返す気分だ」
「じゃあ君は、自分の帰るべき場所も覚えているんだろう? 学校なんかとは違う、自分の――魂の落ち着く場所」
薄く口を開いて、また閉じる。
覚えていないと云えば嘘になる。奏に嘘は通用しない。感覚の一部分がリンクしている所為か、すぐに悟られてしまう。だからこそ、あえて言葉を口にしなかった。
けれど、と思う。奏に隠し事をするのは本意ではない。何だかんだ云って、奏は恩人だ。
「前は…大きな屋敷に住んでた。凄く大きな屋敷で、同じ氏を持ついくつかの家族が共同で生活していた。俺は当主の弟の子供で、それほど肩身は広くなかったから、いつも隅の方でじっとしていることが多かった。でも、当主の息子が俺と歳が近くて、何度か一緒に遊んだこともあった。俺にとってそいつは初めての友達で、味方だった」
一度言葉を切り、深呼吸ひとつ。ふたつ。みっつ。
奏は何も云わなかった。ただ黙って隣を歩いて、話に耳を傾け、続きを待っていた。
何度か呼吸を繰り返して、漸く心が落ち着く。舌で少し唇を湿らせて、言葉を紡いだ。
「俺は…そいつと仲が良いって思ってた。だからずっと一緒にいようって云う、そいつの言葉が嬉しくて、何度も頷いた。ある時、当主が俺とそいつを呼び出した。当主にしてみれば、俺たちが仲良くしてることはあまり好ましくなかったらしい。俺がそいつから家督継承権を奪うんじゃないかとか、そんなことを考えていたらしい。だからか知らないけど、当主はそいつに云ったんだ。『お前にとって、こいつは何だ』って」
「………」
「そいつは少し迷って…云った。はっきりと、断言した。『この者は私の道具です』と。目の前が真っ暗になった。何だ、世界ってこんなにも穢いものだったのかと思った。それ以来、俺はそいつを避けるようになった。結局、ここに俺のい場所なんてないんだと思った。使用人たちなんて、俺の両親が本気で家督を奪おうとしてるなんて話しててさ、そんなこともううんざりだった」
「………」
「酷い話だろう? あいつにとって俺は便利な道具だった。利用価値があると踏んだんだろうな。だから、一緒にいようなんて云ったんだ。でも俺は道具としてそいつに利用されてやろうなんて思わなかった。俺は俺として、人間として生きたい。だから俺はある日、屋敷を逃げ出した。当然、追手は来たよ。でもそいつら、当主に命令されてたんだ。俺を殺せって。丁度いいから、事故に見せかけて殺せって! そして俺は…そいつらに目をやられた。目を失って、知りあいもろくにいない場所で、俺が生きていけるわけがないとでも思ったのか、追手は退散した。人殺しよりそっちの方が事故っぽいとでも思ったのかな」
感情に任せて言葉を紡いだ。あの時の想いはまだ残ってる。絶望や怒り憎悪。そんな黒い想いばかりが。
奏は何も云わなかった。相槌のひとつさえ打つことはなかった。それでも、ちゃんと話を聞いているらしいことは分かる。だから、それでよかった。
奏とは一年近く一緒にいるけれど、過去の話をしたのは初めてだった。隠していたわけではないけれど、今は何だか胸がすっきりした気分だ。
「シュウは…その子を赦せないの?」
そろそろ家が近づいて来たという頃、奏の唇から零れ落ちた言葉に、目を丸くする。
赦す?
あいつを?
ありえない。
「俺はあいつとの約束を破った。でも…」

――先に俺を裏切ったのは、あいつだ

「そうだね」
奏はどこか寂しそうに、頷いた。


05. 嘘に咲く花

奏の家はそこそこの値のマンションの一室だ。奏一人が住むには広すぎて、終夜が転がり込んできてもまだ余裕がある。
奏の料理を食べた後、終夜は風呂から上がるとリビングに寝転んでテレビを見ていた。今流行りのお笑い芸人が、渾身の芸をかまして笑いを取っている。いまひとつ何が面白いの理解できないのは、感覚が狂っているのか。
「つまらない」
時々思う。奏と過ごす日常は退屈過ぎてつまらないと。
自称自営業者の男の仕事は、何でも屋のようなものだ。今日のような迷子犬捜しや、引越しのお手伝い。時には浮気調査や離婚調停なんかもやってのける。だけれど、そのどれもが平穏の域を出ず、退屈に感じてしまう。
かつてはどうだったのか、いまひとつ覚えてはいないが、孤独であったことには違いない。『彼』と仲が良かった頃は楽しかったけれど、距離を置くようになってからはひたすらに孤独で――やはりつまらなかった。
昔の退屈と今の退屈、どちらがいいかと問われれば間違いなく後者を選ぶけれど、やはり平和というものはつまらない。一昔前の人に云えば、贅沢だと怒られかねないけれど。
奏はかつて云った。優しい世界を視せてあげる、と。ならばこの退屈な平和が奏の云う優しい世界なのだろうか。
なるほど確かに、世界には冷たいものが沢山あるけれど、その分暖かいものも確かに存在している。今日の犬の話だって、見方を変えれば凄く良いお涙頂戴話になりかねない。
しかしそうとなれば、今度問題となるのは如何して奏がそんな世界を提供してくれるのか、ということだ。奏にちゃんと過去の話をしたのは今日が初めてなのに、まるで奏は最初から終夜が孤独だったことを知っていたかのようだった。
「変な奴」
自称魔法使いの自営業者。奏はおかしなことでいっぱいだ。
「それって、俺のこと?」
ぽたぽたと髪から水滴を滴らせて、奏が顔を覗き込んでくる。見上げた奏の瞳は赤い。真っ赤。
ぽたり。頬に水が落ちてくる。
「冷たい」
「ん。ごめん」
奏は悪いなんて思っていない。それくらい、分かる。
「ねぇ、キスしていい?」
「は? 逆上せた?」
「ん。そうかもね」
奏はいつもと違う色の笑みを浮かべて、身を屈めるとふわりと終夜の唇にキスを落とした。突然のことに頭の中が奏色――ではなく真っ白になる。
奏の顔が離れて、再び赤い瞳に見下ろされる。
「…何してんの、お前。俺にそっちの趣味はないよ」
「そうだろうね。でも、俺は君が欲しいんだ」
「何云ってんの?」
ゆっくりと瞬きをしてみても、赤い瞳が見える。夢じゃない。幻じゃない。奏は今ここにいて、終夜が欲しいと乞うている。
「ねぇ、頂戴よ、終夜」
「…呼ぶなって云ってんだろ」
「うん。君は俺に名前を呼ばれるの嫌がるよね。でもきっと俺だけじゃない。君は名前を呼ばれるのが嫌い。それは如何して? さっき云ってた『彼』のことを思い出すから?」
図星だと告げるほど愚かではないけれど、奏はきっと察しているだろうと思った。
「君は『彼』から逃げたのに、如何してまだ『彼』に縛られているの? いいじゃない、もう。あんな奴のこと忘れて、俺だけ見てればいいよ」
「お前、訳わかんない」
「いいよ。今は分からなくても。感情は後でもいい。どんな方法だろうと君が手に入れば、それでいい」
奏の声はやわらかいのに、その瞳は恐ろしいほどに真剣で、息が詰まった。
馬鹿なことを云うなとか、頭が沸いているんじゃないのかとか、そんな中傷が頭をよぎるのに、声に出して云おうとも思わない。ならば、欲しいならあげると云うのかといえば、そうではない。
ならばどうして。奏の云う通り、『彼』の残像に縛られているから?
それも違う。だけど、どうしてだか奏に自分をあげたくない。
奏が男だからとか、自分は自分だけのものだからとか、そんな理由でもない。ただ、奏は駄目だと終夜の中で誰かが叫んでいる。だから、あげたくない。
「お願い。シュウ」
シュウ、シュウ、と奏は繰り返し繰り返し懇願する。終夜をシュウと呼ぶのは奏だけだ。終夜と呼ばれることを嫌った終夜に、『じゃあ、シュウ』と云って奏が笑ったから、そう呼ばれることを許した。
なら、終夜にとって奏は特別なのだろうか。そう、きっと奏は特別なんだ。だけど何故かまだ、もやもやする。特別。特別、だけど――違う。
「シュウ」
それでも奏があまりにも辛そうだから、

――いいよ。俺を救ったのはお前だから、あげる

嘘を吐いた。


06. 子供達の笑い声が響く※R18

求められている。強く熱く求められている。
「キ、ツ……やっぱ、初めてだとキツいね」
「はっ、当たり前…だろ……んっ」
熱い。身体の中が熱い。誰にも触れられたことのない場所。自分でさえ触れたことのない場所を暴かれて、抉られて、熱い楔を打ち込まれている。
「でも、俺は嬉しいんだ。やっとシュウを手に入れた。そんな気分なんだよ」
ちゅっと軽く音を立てて額に口づけが落ちる。くすぐったくて身をよじっても、奏の白い腕に阻まれる。
「駄目。逃げないで。俺に全部くれるんでしょう?」
「……っ」
「顔真っ赤にして、可愛いね。シュウ」
行為が始まってから、奏は大切に大切にシュウと呼ぶ。その度にくすぐったくて、気恥ずかしくなる。
「動くよ」
「ん……っ」
前を弄られながら後ろを突かれて、痛いのか気持ちいのか分からなくなってくる。きっとこれは奏の魔法なんだ。そう思わないと、男に後ろを掘られて気持ち良いなんて――救えない。
「あっ、ああっ、ひっ…あァ……」
「気持ちいい? ねぇ、シュウ」
答えて。
耳元で囁かれる。吐息の触れた部分からじんわりと熱が広がって、脳を侵食する、そんな錯覚。
「わかん、ねぇよ…ぃああっ!」
「嘘。ここは気持ちいいって涙流してる。エロいね」
「ふざけ…ひっ……あっ、も……ああっ!」
「イキそうなの? シュウ。じゃあ、一緒にイこうか」
そう云うなり、前を扱く手が早くなり、激しく後孔を穿たれる。目の前がちかちかする。キモチイ。心の中をそんな言葉がよぎった。きっと、本音というやつだ。
「んぁ…あっ…あぁっ……カナ、で……!」
「…はっ……終夜……っ」
切羽詰まった奏の声。初めて聞く熱に浮かされたような声。どくんと胸が高鳴った。
「奏…っ、奏……!」
「しゅう、や…っ」
「ひっ……あっあああ――っ」
「ん…っ」
頭の中が真っ白になる。びくっと身体を大きく震わせて、終夜は奏の手の中に精を吐きだした。次いで、身体の奥に熱いものが注ぎ込まれたのが分かった。
「奏……」
熱い。ぼやけた視界に赤い光が見える。どこか寂しそうなその顔へ手を伸ばす。力の出ない腕はふるふると震えて、奏の手に拾われる。奏はその手を自身の頬に沿えと、短く息を吐いた。
「お願い。シュウ。俺とずっと一緒にいて」
まるで、泣いているような声だった。奏らしくないと笑おうとして、失敗した。どうしてだか上手く笑えない。
「お前が…裏切らなきゃ、俺は……」
死ぬまで一緒にいたのに。
全ての言葉を紡ぐ前に、意識は緩やかに闇にさらわれて――

目が覚めるとそこは自室のベッドの上だった。
「…奏……?」
かすれた声で呼びかけるけれど、声は返ってこない。目の奥がちりちりと痛む。

――窓の外から聞こえてくる子供たちの声が、不気味なほど静かな部屋に響いた。

「あき、ら……?」


07. 冗談にもならない

重い身体を引きずって部屋を飛び出す。覚束ない足取りで部屋を歩き回る。得体の知れない恐怖が心に重くのしかかって、息苦しさに歯を噛みしめる。
「奏」
呼びかける。本当は叫びたいのに声はかすれてあまり使い物にならない。
「奏…!」
「シュウ?」
不思議そうな声の後、リビングと廊下を仕切っていた扉が開かれる。そこにあったのは何時も通りの真っ白な奏の姿。雪のように白い肌。青灰の混じった白い髪。纏う服は少し色がついていたけれど、真っ赤な瞳が異質に輝いていることには変わりない。
「起きても大丈夫?」
ふわりと微笑んで、奏はそっと触れてきた。まるで壊れものを扱うかのように。
「痛っ――」
奏の指が頬に触れた瞬間、ずきんと頭が痛んだ。慌てて手を引く奏が少しおかしくて、同時に酷く薄っぺらく見えた。
「大丈夫? どこか痛むの?」
「…いや、もう平気だ」
本当に嘘ではなかったけれど、痛みの余韻の残る頭に手を添えて無理やり笑って見せる。奏は何か云いたそうに口を開いて、やがて軽く首を振った。
「……終わりが近いね」
「奏?」
「何でもない。それよりお腹空いてない? 君が好きなものを作るよ」
「…じゃあ、蕎麦食いたい」
「了解。すぐ作るから座って待ってて」
キッチンへと足を向ける奏を横目に、深い息を吐きだした。
それは不思議な感覚だった。気を張っていないと倒れてしまいそうになるほど不快。
目の前にあるものが全て薄っぺらな偽物に思える。勿論、それが錯覚だとは理解している。だけど無くならない感覚に、次第に気が狂いそうになってくる。
奏に触れられてから芽生えたその感覚を押し殺すように、歯を食いしばる。そして、リビングへと足を踏み入れた。奏に気を遣われるのは面倒だ。何とか何時も通りに振る舞わないと。
叫びたくなる。泣きたくなる。吐きそう。ぐるぐるする。
その症状は殆ど改善されることなく、奏の作った温かい蕎麦を一口も食べることができなった。そうすると嫌でも奏に異常がばれて、結局再びベッドに寝かしつけられることとなった。
それから何日か、その感覚は消えず終夜はベッドで毎日を過ごすこととなった。
しかし異変はそれだけではなかった。

――失われたはずの記憶が全て戻ったのは、それから十日後のことだった


08. いつまで凍えるつもりなの、

全てを思い出したその時、終夜は発狂した。おびただしい量の情報に呑みこまれ、正気を保っていられなかった。
発狂していた間のことは覚えていない。しかし、気付いたらボロボロの格好で見知らぬ路地に倒れこんでいた。近くに奏の――あの男の姿はなかった。それはせめてもの幸いだったかもしれない。
終夜は全てを思い出した。それは失われていた情報の修復であり、同時に今まで気付かなかったことに気づいてしまった。
視覚からの情報を失っていた時は、過去に出会った人間であってもそれと同一人物だと認識することができない。声や名前が変わっていれば余計に。
「…彰良」
初めての友達である従兄弟。終夜を手酷く裏切った相手。そしてそれは、奏自身であった。
仲が良かったあの頃より背が伸びていたし、声変りもしていた。髪や瞳は黒曜石のような黒だったはずが、あのように色素が抜け落ちていたけれど、あれは間違いなく彰良だ。
「何で…っ」
終夜を道具と云い切った彰良。脱走した終夜を追って、あまつさえ瞳の光を奪った彰良。視覚からの情報と引き換えに、もう一度この瞳に光を宿した奏。終夜が欲しいと懇願し、その全てを奪っていった奏。
頭の中がごちゃごちゃになる。いったい、何が本当なのか分からない。
奏が何がしたいのかも。
騙されていたことに対する怒りと、再び裏切られたことへの哀しみ。そしてそれ以外の様々な負の感情に呑みこまれて、苦しい。
終夜を道具と云った彰良と、優しい世界を視せてあげると云った奏が同一人物。今までずっと奏をからかって愉しんでいたのだろうか。
感情がぐちゃぐちゃになる。クルシイ。
いっそのこと、また狂って、狂って、何も考えられなくなってしまえばいいのに。
けれど終夜はとことん神様とやらに嫌われているらしい。
「見つけた」
「かな……いや、彰良」
路地の入口辺りに立った奏――彰良は軽く目を伏せ、薄く笑った。
「そう。彰良だよ」
赤い光が終夜を射抜く。
「久しぶりって云うべきかな、終夜?」
薄い笑みを浮かべて、悠々とその男は近寄ってくる。
胸の中でくすぶっていた怒りが爆発する。だから咄嗟に、近くに落ちていたガラス片を振り上げた。
「…んで、お前なんだ…」
けれど、発した声は驚くほど弱々しくて、力無い。震える唇をきつく噛みしめて、目の前の男を睨み上げる。男は終夜のすぐ傍で足を止め、終夜を見下ろす。感情の無い、赤い瞳で。
「終夜…」
裏切られたことへの絶望が身を焦がす。暗くて冷たい場所に放り出されたような気分。否、きっと違う。自分は最初からここにいた。そして都合の良い幻を視ていただけなんだ。
「ああ、確かにお前は俺に優しい世界を視せてくれたよ」
幻想と云う名の人の夢を。
不意に、男は終夜の腕を引っ張りボロボロになったその身体を自身の腕に閉じ込めた。
「ねぇ、終夜。君は――」

――いつまで、そんな世界にいるつもりなの?


09. どっちがこわい?

真実の話をしよう。
彰良にとって終夜は初めて心を開いた相手だった。厳格な家の中で、彰良は本音を隠して生きていた。けれど、歳の近い終夜には自然と心を開くことができた。家の中で肩身の狭い思いをしていたらしい終夜にとってもそれは同じだったようで、二人は自然と仲良くなっていった。
けれど彰良は終夜以上に家のことを理解していた。当主はきっと二人の仲を快くは思わない。もしかしたら、終夜が彰良をたらしこんで傀儡政治をするのではないか、なんて馬鹿馬鹿しいことまで考えるような人だった。だから彰良は当主の前で本当のことを云わずに、終夜を手元に置いておかなければならなかった。
道具と称したのは愚直な子供の思考だった。道具は利用すべきものであり、常に傍に置いておかなければならない。利用されるのではなく利用するのだと思いこませればいい。それが彰良の本音だった。けれど、終夜に対しての弁解の余地はなかった。それっきり終夜は彰良を避けるようになり、二人が言葉を交わす時は終夜が家を脱走するまで終ぞ訪れなかった。
終夜が家から逃げるのならば、その方が良いと思っていた。家の中での終夜はいつも辛そうだったからだ。けれど逃がす方法を考えなければならない。無暗に脱走しただけならば、連れ戻されるか――最悪殺されてしまう。そこで彰良は家督継承者にのみ伝えられる秘術の存在を思い出した。そして彰良は賭けに出た。
彰良は脱走した終夜を始末すると当主に名乗り出た。道具の失態は主人の責任だと云えば、当主は疑うことなく了承した。そして彰良は終夜の瞳から光を奪った。光を失った終夜はろくに生きていくこともできない。だからこのまま捨て置けばいい。護衛たちは何か云いたそうにしていたが、黙らせた。電話で当主に連絡すると、当主もまた納得がいかない様子であったが、息子が殺人を犯すよりはましと踏んだ。
護衛たちを先に帰らせ、彰良は再び終夜のもとを訪れた。目を失った終夜は声だけでは彰良だと判断できなかった。それは彰良にとって好都合だった。そして彰良は『再生』の秘術を発動させた。秘術は失われたものを再生するだけあって、その代償として術者の生命力を奪う。彰良の全身から色素が抜け落ちたのはその所為だ。
光を取り戻した終夜は彰良を彰良だと認識することが出来なかった。どこか心細そうな終夜を見て彰良は思ってしまった。今ならもう一度、傍にいることができるのではないか、と。自分自身でもズルイと分かっていた。それでも彰良は如何しても終夜の傍にいたかった。忘れようと必死に隠してきた想いが首をもたげた。
もう一度ここからやり直せるのではないかと、勘違いした。同時に、終夜に今までとは違うもっと暖かい世界を見せてやりたかった。
秘術にはもうひとつ特殊な効能があった。術者と対象者が結ばれると、失われていた記憶が取り戻せるというものだ。何しろ古から伝わる秘術である。どんなことが起きても不思議ではない。
この恋心を封じたままであれば、この平穏な日々が続く。ずっと騙すことになるけれど、また傷つけることはない。
もし、この想いを伝えてしまえば、記憶を返してあげられる。そうすればもう二度と傍にはいられないけれど、終夜は自分自身の人生を歩んでいけるはずだ。
彰良は悩んだ。何度も何度も。そして、何度も恋心を押し殺してきた。偽りの平和を続けていたかったから。

――だけど本当は最初から、答えは出ていたのかもしれない

終夜に恋したあの日から。


10. (最後に一言、言わせて)

「赦せないのは解ってる。だから、赦してくれなくていい」
赦すつもりなんて毛頭ない。そんなこと出来るはずがない。
「あの家のことはもう心配要らない。君はもう自由だ。記憶が戻ればもう、不安はないだろう?」
確かに、いつも感じていた物足りない感じや、最近ずっと苦しんでいた感覚はなくなった。
「これから君は自分の足で光の中を――優しい世界の中を歩いてけばいい」
云われなくたって、そうする。
「……ごめん。上手く、言葉が出てこない…」
この男のことを除けば、自分にとっていいことずくしのはずだ。家から解放されて、記憶も取り戻して、自由を手に入れた。だのに、この身体を包み込む熱だとか、男が顔を埋める肩口に感じる微かに湿った服の感触だとかが、終夜の中の何かを狂わせる。
「終夜…」
子供のように、縋りつくように、甘えるように、呼ばれる。
からんと小さな音を立てて、握りしめていたガラス片が零れ落ちた。
「終夜……終夜、終夜……」
何度も何度も繰り返す。いつかと同じだ。
腹黒いくせに変な所で脆い奏。強がっているくせに本当はいつも泣いていた彰良。
何一つ弁明の言葉は無かった。謝罪の言葉も無かった。確かに、この男はこういう人間だったと思って、思い出して、如何して気付かなかったのだろうと今更になってぼんやりと考えて。
「放して」
一言拒絶しただけで、びくりと肩を震わせて、男はそろそろと終夜を解放する。見上げた赤い瞳は潤んでいて、頬に涙の跡が残っていた。他人に無様な姿を見られるのが死ぬほど嫌いなくせに、終夜の前では形無しだ。
「泣いていいのは俺だし、お前が泣く意味が分からない」
「…君を手放さないといけなくなったから、少し感傷に浸ってしまったよ」
男は無理やり笑みを作ろうとして、失敗した。こんなにも不器用な人間だっただろうか、この男は。何時も飄々としていて掴みどころがないのが奏だった。何時も凛としていて隙を見せないのが彰良だった。
今になって分かることが少しだけある、気がする。彰良という人間を知って、奏という人間を知って、二人が同じ人間であると知って、気付けたこと。
「お前は…俺が大切、なのか?」
「ん。そうだよ」
こくりと頷く。臆面もなく、即答する。
それは直感だったから、やっぱりよく考えてみると分からないことが多すぎる。辻褄が合わないというか、何というか。
だから必死で考えた。彰良の行動。奏の行動。そして、自分の感情を探した。
奏に欲しいと強請られた時、終夜は確かに奏を特別だと感じた。そして翌日には奏を薄っぺらいと感じた。その理由は分かる。奏の中の彰良を知らなかったから、足りないと感じていた。そして同時に、奏の中の彰良を見て感情がごっちゃになった。彰良も奏も違った意味で特別だったから。
その時、すとんと心に何かがはまった。彰良と奏が同一人物だと分かった時のように。まるで忘れられていた真実を取り戻したような感覚。
だから終夜は男から離れると、背を向けた。
「俺はお前を赦せない。お前は弁明さえしないから、赦しようがない。だから、最後にひとつだけ云っておく」
「ん。聞くよ」
哀しみに満ちた声を背に受け、すぅと大きく息を吸い込む。そして、終夜はその感情を言葉にした。
「俺はお前が好きみたいだ」
云ってしまった。最初に思ったのはそんなこと。
「終夜!」
嬉しいような泣きたいような、そんな声が聞こえたと思った途端、背後から強く抱きしめられる。身体に回された手に恐る恐る触れてみると、それは小さく震えていた。
「俺は君を裏切った」
「ああ。二回もな」
「だけど君は俺を好きだと云った」
「好きかもしれないという可能性を口にしただけで…」
「嘘」
照れ隠しはざっくりと切られる。
「…弁明、聞いてくれるの?」
「俺が納得できるまで嫌ってほど聞かせてもらうからな」
「……いいよ。どれだけ俺が君を愛してるか、教えてあげる」
「何だよ、それ」
「事実だから覚悟して」
小さく笑って、身をよじって彼へと向き直る。
「ややこしいから、俺はこれからもお前を奏って呼ぶからな」
「いいよ。好きなように呼んでれたら」
奏の瞳が細められる。この瞳が光を取り戻した時、最初に映したもの。
それは、終夜の闇を打ち破った、赤い光。



あとがき
大して内容の無い駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
元ネタとだいぶ変わってしまって、正直本人が一番驚いています。
オリジ書きたい→お題に沿って書いたら楽しそう→何かめっちゃかけるやん!→何だこの消化不良感…!←今ここ
9,10あたりがぐだぐだになった感がぬぐえないのは、1で書きたいシーンは既に終わっていたからです(何)
当初からハッピーとバッドを考えていて、結局ハッピーに収めたのですが、バッドを書いてみるとこっちの方がしっくりきました。
二人とも報われなさ過ぎてあれですが、ハッピーの後に書いたしいいよね!?とか思って。
↓にあったりします。
オリジ書いたのも完結させたのも久しぶりで、とりあえずまぁ、暇つぶし程度にはなっていたらいいなぁと思います。


バッドエンド
10の終夜の告白シーンから

「俺はお前が好きみたいだ」
「…っ、そう…」
男が息を詰まらせたのが分かった。
弁明も何もしない、最初から諦めてしまっている男を終夜は一生赦すことが出来ない。だからもう、二度と会うこともないだろう。
鉄のように重い足を引きずるようにして歩きだす。自身を救った赤い光に背を向けて、眩しすぎる光の中へと溶け込んでいく。
「奏……っ」
喘ぐような声に混じって、冷たい滴が頬を濡らした。
 

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