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「 ある朝の光景 」

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ある朝の光景

2011.03.27 Sunday 17:24

もういっちょ。
発掘したギルッツっぽい感じの兄弟の話。
友人に頼まれて書いたんだっけ如何だっけと考えたけど分からなかった。
読み返してないけど、それを本能的に躊躇する程度に恥ずかしい話だったんだろうな、と思います。

 朝。いつもより早めにセットした目覚まし時計の音で起きる。きょろきょろと視線を巡らせれば、カーテンをひいた窓から薄明かりが差しこめていた。小鳥たちも声を上げない早朝。

くぁっと欠伸ひとつして、ベッドから抜け出す。早朝の冷気に身体をぶるりと震わせた。上にカーディガンか何かでも羽織ればよかっただろうかと考えながら、すぐにバスルームに入ったからあまり関係はない。熱い湯でさっと寝汗を流し、気分を入れ替える。

手早く着替えを終わらせて(Tシャツに七分丈のズボンというラフなスタイルだ)、キッチンへと足を向ける。最近改装したビルトイン式のキッチンはやたらとピカピカ光っていて(家人が几帳面な性格故だけではない)、少しばかり新築の匂いがした。

冷蔵庫を開けて中の食材を確認する。昨日計画していた通りの中身に、しめしめと顔を綻ばせる。そしてそれをぱたりと閉じると、リビングの椅子にかけていたジャケットを掴み、玄関へと向かう。

「寒っ」

やっぱりこの時期はまだ寒いなぁと口の中でもごもご呟きながら、歩き慣れた道を歩く。太陽は大分と登り、街路にちらほらと人の姿が出てくる。目当てである行きつけの店はもうシャッターを開け、煙突からもくもくと煙を立ち昇らせていた。

ガラス戸に取り付けられた木製の長い取っ手を押して、店に入る。からんからんと小気味良いベルの音が店内に鳴り響いた。

「いらっしゃい」

恰幅のいいエプロン姿の女が顔をくしゃりと歪めて笑顔を作る。近所の住人たちから女将と呼ばれ親しまれている女は、こちらの姿を認めると、おや、と目を丸くした。

「何だい。珍しいね、ギル。今日はルートは如何したんだい?」

「可愛い弟の為に、今日は俺様が頑張ってやろうっていう計画だぜ、女将さん」

「おやおや。雨でも降らなきゃいいけど」

女将はくすくすと笑う。彼女が看板娘だった頃から知っているギルベルトは、彼女のそういう変わらない一面に何だか心がぽかぽかする。

「それで、何時ものでいいのかい?」

「おう。よろしく頼むぜ」

「あいよ」

女将は頷くと、手早く茶色の紙袋に二人分のパンを詰め込んでいく。朝食にはこの店のパン!と決めたのは何時のことだったろうか。多分、今は孫の顔を見るのが楽しみだと言う女将が生まれる前のことだったろう。何十年もの間変わらない味が好きで、何十年もの間歳を取らない自分たちと変わらず付き合ってくれる彼らが好きだ。

「お待ちどうさま」

女将が差し出した袋を受け取り、ポケットから小銭を探し出して渡す。

「ん? 1ユーロ足りないよ」

「なっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ」

慌ててがさごそとポケットをまさぐる。あそこにも無いここにも無い。無い無い無い無いと捜しまくるギルベルトに、女将は「あんたは何時まで経っても変わらないねぇ」と面白そうに呟いた。

結局、1ユーロは見つからず、ポケットに穴が空いていることだけが分かった。

「す、すまねぇ。後で持ってくるから……」

「いいよいいよ。どうせ明日も来てくれるんだろ? その時で構わないよ。それに、早く持って帰ってやらないと、大事な弟が目を覚ましちまうよ」

言われて店の壁時計で確認してみると、計画の時間をとうに過ぎてしまっている。

「やべっ。悪いな、女将。明日ルッツに持たすから!」

「はいはい。ありがとね」

ギルベルトは挨拶もそこそこに女将に背を向け、扉を開けて走り出した。背後から、からんからんと、小気味いいベルの音が聞こえた。

行きはよいよい帰りは恐い。以前誰かから聞いた言葉が頭の中をぐるぐる回っている。とりあえず向かうは自宅。ルッツが起きていませんように、と何度も心の中で願って、玄関の扉を開ける。すると、何やら香ばしい匂いがした。それがヴルストの香りだと気付くまで、2秒。キッチンで調理するルートビッヒを見つけるまで10秒。

「お帰り兄さん。ああ、やはり女将の所だったのか」

自分がパンを買ってきたこと以外はいつも通りの光景に、計画の潰れたギルベルトは肩を落とす。やはりルートビッヒより1時間早く起きる程度では駄目だったということか。

「如何した? 兄さん。食べないのか?」

項垂れていたギルベルトが顔を上げると、リビングのテーブルの上には綺麗に二人分の朝食が並べられていた。

「よ、よし。食べるぞ!」

威勢よく声を上げて、袋片手にテーブルへとつく。中身を中央に置かれた籠へと移す。視線を下げれば、何時ものように美味そうな朝食とコーヒーが並んでいて、やっぱり何処までも何時も通りだった。ルートビッヒがパンを買いに行く手間が省けただけまだマシだろう、と自分に言い聞かせていた。

そもそも、その計画は単なる思い付きだった。普段ギルベルトに代わり何かと忙しそうにしているルートビッヒである。そんな弟の為に何かしてやりたいと思うのは、兄としては当然の考えだろうと思う。もっとこう、頼れる兄としての威厳的なものを見せたいのだ。かつてそうであったように。

「ったく、お前は俺の知らない内にデカくなりやがって」

ため息交じりの言葉に、ルートビッヒはきょとんと目を丸くする。いったい何を言い出すのかと顔に書いてある。

「急に如何したんだ?」

案の定の問いかけに、ギルベルトはヴルストにサクッとフォークを突きさした。

「昔は俺の後を付いて回ってたお前が、今は強国相手にも対等に渡り合うんだからよ。まぁ、俺として誇らしいんだが、兄としてはどうなんだって思ってな」

8割方拗ねたような物言いだった。哀愁などと言った重たいものを負っている訳ではなく、実際ギルベルトは少し拗ねていた。弟に追い越される兄として。

「………」

しかし何を思ったのかルートビッヒは食事の手を止めると、真剣な面持ちで押し黙る。そしてややあって口を開いた。

「俺は……ずっと兄さんの背を見て育ってきた。俺の目に映る兄さんはいつも胸を張っていて、物怖じしない立派な人だった。俺はそんな兄さんが誇りだったし、いつか兄さんのようになりたいと思っていた」

「………」

「今、仕事の殆どを俺が請け負っているが、俺としてはこれは当然のことなんだ。俺は今まで兄さんに庇護され育ってきた、だからこそ俺は兄さんへの恩に報いたい」

ギルベルトはギュッと手を握りしめた。この胸に渦巻く感情がきっと幸せだとかそういうぽかぽかした名前のものなのだろう。先程のルートビッヒの言葉を全て録音して、フランシスやアントーニョ辺りに自慢して回りたいくらい幸せだ。

「俺はずっと兄さんの役に立ちたかった。だから…兄さん、俺は兄さんの役に立てているのだろうか」

「当然だろ、ルッツ!」

ギルベルトはケセセと笑った。そして告げた。

「お前は俺様の自慢の弟だからな!」

ケセセと笑い続けるギルベルトに、ルートビッヒは目を見開いて、やがて照れたように小さく笑った。




―――――――――――――――
編集し終わってからドイツってユーロだっけ、硬貨だっけ、とぐぐり、うぃきで見つけた硬貨に0.1ユーロとかもあってパニックに陥りました。
深く考えずお読みください(平に平に)

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