人々の楽しげな声が響く食堂。そのざわざわとした喧騒の中、兵助はじっと目の前の白い物体を見つめていた。
「なぁ、八左衛門」
「ぁん?」
隣でがつがつと飯をかっ食らってる友人へと声をかけると、友人は何とも中途半端な体勢で動きを止めた。米粒が頬についている。
「この豆腐は美しい」
「……そうか」
どこか呆れと疲れを孕んだ声に顔を上げると、かわいそうなものを見るような八左衛門の瞳とかち合った。ムッと顔をしかめる。
「別に俺は今からこの冷奴の形状の美しさを語ろうとしているわけではない」
「…語られても困るけどな」
「別の機会にする」
何故かがくりと肩を落とした友人から視線をそらし、目の前の美しい豆腐へと意識を戻す。角ばっているのに丸みを帯びるその姿にそうと箸を入れた。
「けれどこんなにも簡単に壊れるんだ」
「ん? 如何した? 急に」
茶碗に残っていた飯を全て平らげた八左衛門は、ようやく自身の友人が常日頃と違う様子を見せていることに気づいたようで、神妙な面持ちでごちそうさま、と手を合わせた。
「豆腐がすぐに潰れるから哀しいって話か?」
「……まぁ似たようなものかな」
八左衛門から拝借した冷奴は、兵助が箸を突き入れたことによりその白い頂から欠片を零した。脆い。
「人と人との関係も綺麗なものほど脆いって話」
意味が分からないと言いたげに八左衛門は首を傾げた。けれど兵助はそれには意も留めず残りの食事にとりかかった。全て平らげてもまだ、隣の男は首を傾げている。それにため息をひとつ落として、いいか八左衛門、と前置きする。
「例えばとても美しい男女の愛があったとしよう。そういう場合は互いに相手に対して何らかの美しい理想を抱いているものだ。だから、小さなきっかけ、例えば男が他の女と団子を食っていた、なんていう小さなきっかけがあれば簡単に崩壊してしまう。女は男がそんな人間じゃなかった、と思うし、男は女がそんなことで腹を立てる人間だったなんて思わなかった、とな」
「ふぅん。そんなもんか」
「そうだよ、ハチ。たまには動物以外を愛せよ」
いいんだよ俺は、とむくれる友人の隣で少し冷えた茶をすすり、向かいの机へと視線を移す。そこにいるのは、仲睦まじげな友人2人。
「けど、如何したんだよ、兵助。急にそんなこと言い出すなんて、熱でもあんのか?」
「豆腐を見てて思い出しただけだ。それにこれは俺の言葉じゃない。ただの受け売り」
「受け売り? 誰のだよ」
そんなことお前に言って如何すんだ、とでも言いたげな八左衛門に何も答えず、ただ目の前の光景を眺めていた。やがて八左衛門も兵助の見ているものに気づき、少し顔をしかめる。
「おいおいそれってもしかして……」
「そう。そのもしかして」
目の前で、半身にちょっかい出しては怒られている鉢屋三郎が、この身に赤い痕を刻みながら囁いた言葉である。
『だから、このことは絶対誰にも知られるなよ?』
強請るように、脅すように、そう笑った男、の。
補足
鉢→雷前提で、三郎は雷蔵が性的なあれも込みで好きだけど、それを知られたら面倒なことになって最悪嫌われると思って今の関係が壊れるのが嫌で、兵助との関係を続けてる(うちの鉢久々ではこのパターンが殆ど)
何で兵助かというと、三郎の恋心(笑うとこ)を最初に指摘したのが兵助だったから(気まぐれで言ったら図星突いてしまった)
雷蔵は全く何も気づいてない。ハチも一緒。でも勘ちゃんは薄々気づいてる。
5年生に夢を見すぎた結果。
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