むせかえるような甘い香りの漂う庭。一面に植えられた色とりどりの薔薇は、丁寧に手入れが施され、見るものの目を奪う。そんな庭園の中、赤い色を纏って横たわる男の姿があった。ざんばらな金髪は地に舞い所々赤い化粧を施されている。だらりとだらしなく垂れ下がった四肢に力が込められることはなく、まるで打ち捨てられたマネキンのようだった。
虚ろな瞳がゆるりと開いて、青い空を映す。いつも通りの青。変わらない青。この赤い庭に降り注ぐ青。不意に青が陰った。覆いかぶさるように現れた姿に少し目を細め、薄く開いた唇の合間からため息ともつかない吐息が零れた。
病的なまでに白い頬を優しく包み込んだ両手は赤い筋を描いて、純白を侵す。どろり、そんな音が聞こえた気がする。
「生きてるんやなぁ。まだ」
弾んだ声に悪態を吐く気力もなく、目を伏せる。
違うだろう。お前が狂うべきは俺なんかじゃない。そんな事を思って、もう何度目だろうかと考えて、答えを出さないまま思考は闇に塗り替えられて行く。
「あかんよ、目閉じたら。本当に死んでしまう」
愉しげで、心配そうで、ちぐはぐな感情をぐじゃぐじゃに混ぜたような声だった。その声に突き動かされたわけではないけれど、もう一度だけ目を開けてみる。愉しそうに微笑む緑の瞳の中に、僅かに残った理性が哀しげに揺れているような気がした。
心臓に突き刺さった短剣が、痛い。
意識が焼かれて気を失いそうになるのに、この男はそれを許さない。何度も何度も傷口を抉って、痛みで意識を繋ぎとめる。憐れだと思った。そして自分はこの男に作られた標本のようだとも。
むせかえるような甘い香りの充満する薔薇園の中、地に縫いとめられたアーサーは早くこの悪夢が醒めればいいのにと思った。思考が停滞する中、繰り返しもたらされる口付けに意識が奪われる前に。
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