それはとてもとても小さなもの。だけどとてもとても大切にされていたもの。
からりと晴れ上がった天気は実に数日ぶりで、見上げれば爛々と輝く太陽にちりりと目を焼かれたような気分になる。目を眇めながらじぃとそれを眺めていたら、がつんと後頭部を叩かれた。昔はコツンと小突く程度だったのに、と恨みつらみを胸に溜め、振り返る。
「こぉら、痛いだろうが、まったく」
「狙撃手が目を焼いてどうする」
非難がましい台詞に、何だ心配されただけなのかと合点はいくものの腑に落ちなくて、ぐりぐりと、幾分近くなった頭を撫でつける。
「止めろ」
むすっとした顔で手を払いのけられる。その様が数年前と変わりない仕種だったものだから、図体ばかりでかくなりやがってとつむじを押す様にぐりぐりと頭を撫でる。先日知りあった男が、つむじを押すと背が縮むと教えてくれた。本当だといいのだが。ぐりぐりぐり。
「ロックオン!」
声を荒げた青年にべしっと手を払いのけられた上に、甲を思いっきり叩かれた。痛い。とても痛い。成長したのは背だけではないらしい。成長期なんてとっくの昔に終えた身としては少し切ない。本当に少しだけ。
出会った頃は腕にすっぽり収まるサイズだったのに(ただし多少の無理は必要だった)、どうしてこの子はこんなに大きくなってしまったのだろうと、父親のような母親のような、はたまた兄弟か幼馴染のような複雑な心境。まぁそれでも変わっていない面というものも色々あって、ああ、いい方向に変わった部分もあるにはあるのだが。とにもかくにも自分にとって、この子が大切で愛しい存在であることには変わりないのだけれど。
「…あ、そういやお前、街に行ってたんじゃなかったのか?」
「ああ、行って来た」
こくりと頷く黒い頭。昔はそれこそ1人で外出することにも戦々恐々だったというのに、今では老執事の片腕としててきぱきと働いている。今は私服だが燕尾服も様になって来た、とこっそり執事から聞いている。何しろこのきかん坊は、主不在中にしかそれを身につけることはないのだ。恥ずかしいのでしょう、と老人は微笑んでいたが、何とも言えない、解せない。
不意に少年はずいっと手を差し出してきた。首を傾げつつ視線を落とせば、彼の少し節くれだってきた手の上には小さなガラス玉が転がっていた。
「ん? 何だそれ」
「もらった」
「もらった? 何でまた」
「子供が犬に追われていたから助けたら、礼だと言ってもらった」
「へぇ」
てのひらの上でころころと転がるガラス玉は傷だらけで、ほんの少し欠けてもいたけれど、なるほど確かに子供が好きそうなものである。
「宝物だと言うからもらうのは躊躇したんだが、押しつけて逃げられた」
「はは、何だそれ。まぁよかったじゃねぇか。そんだけ感謝されたってことだ。大切なものをあげてもいいって思うくらいにな」
この子がこうやって何かを持って帰って来るのは別段初めてのことではない。買い物袋をひっくり返した老婆を助けて林檎をもらってきたり、道案内のお礼だと言ってクッキーをもらってきたり。実は街では突然現れて人助けをするこの子がちょっとした噂になっているのだけれど、きっと本人は知らないだろう。善意も悪意も無く、ただそれを当然と思ってやっているだけのこの子の耳に、市民の英雄の話は届いていない。
「宝物、か」
感慨深げに呟いて、子供の小さな宝物を大事そうにポケットへと戻す。
「お前にも宝物ってあんのか?」
何の気なしに訊ねてみると、ぴくりと肩を震わせて、じっと見上げてくる赤い瞳が二つ。あまりにも真剣な視線に見つめられて、思わずたじろぐ。俺は何も悪いことはしてないぞ、何て咄嗟に思ったのはやましいことでもある証拠だったのか。いやいやないぞ。ほんとに。
「ある」
「へぇ、どんなやつ?」
「……碧色の宝石」
言った途端、刹那は背を向けて館の方へ歩いて行ってしまった。取り残されたロックオンは暫くぽかんと固まって、突如ハッと口元を押さえた。
「え、いやいやいや、まさか……え…」
先程まであの子が見ていたのはロックオンの瞳。まっすぐじぃと眺めて、ぽつりと呟かれたのが碧色の宝石という言葉。しかしそれでもあの子がそんな比喩表現を使えただろうか、と考えてはたと気づいた。教えたのは俺だ。瞳を宝石になぞらえることがある、と言った。数日前、確かに言った。
「あー……」
ここまでくると羞恥心が全てを上回って、ロックオンはその場にずるずると崩れ落ちた。恥ずかしい。実に恥ずかしい。意趣返しと言うのか、こういうことを。よく分からないけれど。
知らない内に子供は大人になるものだ、とは言うけれど、どんどん大人になっていく愛し子を自分はどうすればいいのだろう。等々、悶々と庭先で考えている内に日はどっぷりと暮れてしまった。思い返せば今日は仕事があったような、なかったような。
「いつまでそこにいるんだ」
呆れと叱咤を滲ませた声に顔を上げ、盛大なため息ひとつ。
「拾ってきた子猫が随分と立派に成長しちまったもんだ…」
「………」
とても何かを言いたそうな顔で押し黙った刹那の無言の圧力に気付かないふりをしつつも、どれだけ時間が流れてもこの子を大切に想うことに変わりはないのだと思ったら、何ともふわふわとした気持ちになって、未だ不機嫌そうな体を引き寄せてぎゅぅと抱きしめる。閉じ込める。
せめて身長が抜かされることだけはありませんように、と心の中で必死に願った。
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あったかい話を書きたいな、と思いながら書いてたら、ブランクにぐおおおとなってオチを見失って転寝していたので、ちょっと色々アレな気もします。
前作から5年くらい経った21歳と29歳(年齢差あってるよね?)のお話。
成長した子供とむしろ退化してそうな大人。
2期刹那をイメージしながら書いてました、せっさん!せっさん!惨敗したよ!
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