人を鎖につなぐのは心地良い。嗜虐心と征服欲が同時に満たされるからだ。そう思えば、捕虜とは実に都合のいいものだった。
「無様だなぁ、無敵艦隊」
くすりと笑って笑みを浮かべ、けらけらと嘲る。すると、下がっていた視線が持ち上げられて、自身のそれとよく似た色合いの瞳はどこか虚ろにアーサーを捉える。まるで弱者のようなその瞳が気にいらなくて、アーサーは苛立ちに任せてアントーニョの横腹を蹴りつけた。両手両足に枷をつけられた身体は呆気なく地に落ちる。べちゃりと嫌な音を立てて。
「ああ……もう、何なん自分」
アントーニョは不自由な状態にも関わらず、よいしょと身体を起こし胡坐をかき、がしがしと頭をかいた。
「ほんま、えらい暴力的やな。お前の兄貴そっくりやな」
反抗的な声色になおも制裁を加えようとしたのも束の間、目の前の男の口から零れた言葉にぴたりと動きを止めた。アーサーの兄、と言えるものは何人かいるが、おそらくこの男が指しているのはその中のただ一人。容易に脳裏に浮かんだ姿に、歯を食いしばる。想像の中でもぎらぎらと光る獰猛な瞳に震えそうになる己を抑えつけて、噛み合わせた歯の隙間から長い息を吐きだした。
「そないに、あいつが恐いん?」
「お前には関係のない話だ」
動揺を悟られないように声のトーンを抑え、さりげなく視線を逸らす。
恐い?当然だ。あの人は恐い。この世で一番恐い。アーサーは心身にその恐怖を刻みつけている。容易に脱却できるものではない。
「何ではぐらかすん? あいつははっきり言うたで? あんな愚弟死んでしまえばええって」
「……っ」
知っている。そんな言葉何度だって聞いた。蔑み嫌われていることなど、あえて他人の口から聞くまでもなく熟知している。それに、アーサーとて同じだ。兄を嫌い何度も制服を企んだ。けれど、もしただひとつ違うところがあるとすれば、どうあがいてもアーサーがあの兄を心底憎むことができないということ。
「酷い顔やな」
アントーニョはつまらなそうに目を細める。
「黙れ」
鋭く叫んでみても、きつく目を閉じているアーサーの言葉に覇気がないことくらい分かっている。どうしても駄目なのだ。アーサーにとって兄は、唯一とも言える弱点で、何度もこの心に疼痛をもたらす。
「そんなにあの兄貴に嫌われてるんが嫌なん? でも、そんなこと別に気にせんでええやん」
太陽の国と呼ばれる男の、底抜けに明るい声に違和感を抱えつつも、アーサーはアントーニョへと視線を戻した。先程まで歪められていた表情は驚くほど穏やかで、口元には笑みさえ浮かんでいた。
「大丈夫。他の誰がお前を認めんでも、俺がおる。ずっと、お前と一緒におって、お前を愛したる」
それはまさに青天の霹靂だった。何を馬鹿なことをと鼻で笑えばいいのにそれができない。笑えない冗談もいいところなのに。どうしてだか抗えない。まるで、甘い誘惑のように。
困惑するアーサーを、男の緑の瞳が見上げる。憐れみ、慈しむようにアーサーを見ている。一瞬、脳裏に同じ色の光がよぎった。ずっとずっと本当は焦がれていた、その色。
「や…めろ……やめろ! やめろ…!!」
服の上からかきむしるように胸を掴む。酷く息苦しかった。
「その目で……あの人と同じ色の瞳で、俺を見るな!!!!!」
To be continued...
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