久々知兵助は学年でも何度も首席に輝くほどの優秀な忍たまだった。教科だけでなく実技も得意で、容姿も端麗である。豆腐に熱狂的な愛情を注いではいるが、 この学園には無機物や人間外の生物に並々ならぬ愛を囁く輩もいるので、むしろ個性であるとも言えよう。あくまで楽観的に考えればの話ではあるが。
兵助は持って生まれた才能だけではなく、並々ならぬ努力をして現在の地位についているのだから、それは称賛に値するだろうし、現に後輩の中には、彼を完璧 だ、と言う者もいる。しかし、その久々知兵助が重いハンデを背負っていることを知っている者は、限りなく少ない。
兵助は以前忍務で味方の過失により大怪我 を負い、その時右目を失明した。それなのに彼は忍びになることを諦めなかった。これまで5年もの長きに渡り修行をし、そして人を殺して来たのだから、今更 ここで足を止めることなどできるはずがなかったのである。
兵助は変装名人と呼ばれる三郎に頭を下げ、自分の顔の面を精巧に作る術を教授してもらった。傷が癒えるまではその面をつけ、言えてからは化粧で完璧に傷跡 を消して過ごしていた。才能と努力の成果で後輩はもとより、同輩や先輩までをも騙した。教師や一部の生徒には見破られていたものの、必死にひた隠す兵助 に、あえて言葉をかける者もいなかった。
「卒業したらどうするんだ?」
ある時何の気紛れかそんなことを訊ねたら、兵助はあっさりと眼帯をつけると言った。
「もう大分この状態も慣れてきたし、敵に弱点をさらすことは逆に、敵の思考を読みやすくさせることに繋がる。まぁ普通に不利益の方が多いけど。大体、今の状態はむしろ忍たまだからだ。面倒だからな、色々と」
今更生き方を変えられないと言った友人は同時に自分が選んだ生き方の中で死ぬ覚悟をしていた。ただの友人なぞにどうしてその堅い覚悟を変えられることができるだろう。死に行かないでほしいと願う権利などないのだ。
「…三郎、どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
今はまだ三郎を見上げるこの瞳に、彼は最期に何を映すのだろう。いつか、彼が死んだと聞かされる日が来るのだろうか。そう思うと今更になって、兵助に面な ど与えるのではなかったと後悔するのだ。あの自尊心の高い友人に頼られたことが嬉しかっただなんて、言い訳にもなりやしない。
PR