春だなぁ、と呟いたのはビール片手に桜を見上げる長兄。その前には二人では食べ切れないほどの重箱が並んでいる。長兄の料理の腕を認めている四男は、模試があるとかで悲しそうに家を出ていったし、二男は双子の弟である三男に連れられて姿を消した。長兄曰く、どうせ悪さでもしてんだろ。そんなこと容認していいのか家主。心の中でツッコミを入れながら、結局二人で重箱をつつく現状を喜んで受け入れている。顔には出さないし、絶対長兄に知られるわけにはいかない。そんなことになれば、長兄は目を輝かせて図にのるのだから。
「いつもはチラッとしか見ないが、こうやって花見すんのも風流だよなぁ」
目を細めて桜を眺める姿はそこそこ様になっているのに、片手に握られているビールの缶が雰囲気をぶち壊す。何処となく親父臭いと感じるのは、ビールを呑む一般の若者達に失礼だろうか。
「ロックオン、親父臭い」
とりあえず目の前の長兄に言ってみた。すると、長兄はあからさまに傷ついた顔をして、がくりと肩を落とす。
「そりゃないぜ…刹那…」
悲しそうな横顔を見ていると、不意に今朝見た夢を思い出した。広大な 宇宙の中、淡い碧の光に包まれて散ってしまった大切な人。何て縁起の悪い夢だろう。彼は今現在、刹那の目の前で酒をあおっていると言うのに。
「ん? どうした? 刹那」
目敏くこちらの変化に気付いた長兄が首を傾げる。何でもないと首を振って、取り皿に寄せたものへと箸を伸ばすと、あたたかくて大きな手が刹那の頭を乱暴にかき回した。
刹那はこの手が好きだ。口に出したことはないけれど。けれど、その欠片が顔に出ているのか、刹那の頭を撫でるロックオンの表情は柔らかい。
「花の薫る春が来て、緑の生い茂る夏が来て、樹々の燃える秋が来て、総てが眠る冬に収束する。そしてまた、春に巡る」
少し前、テレビドラマの登場人物が言っていた言葉だ。ロックオンは、いったいどんな想いでその言葉を紡いでいるのだろう。
「そうやって、未来永劫時間は流れていく。だから…いつか――」
言葉が途切れてロックオンを仰ぎ見る。碧の瞳はわずかに陰りを帯びている。刹那は目を見開いた。同じなのだと、漠然と、けれど明確に感じた。何時か置いて行かれるという不安。何時か置いて行ってしまうという不安。それは誰もが少なくとも持っているもので。
どうして分かったのかは知らない。ロックオンは昔からこういうところがある。兄弟たちの親代わりだったこともあり、親の気持ちなのかもな、と笑っていた。
「ほら、早く喰わないと、双子が帰って来てとられるぞ」
それは嫌だ。双子の上はともかく、下は刹那の好物を横からとることがしばしばある。腹立たしいことに。
慌てて箸を伸ばす刹那から手を離したロックオンが、面白そうにこちらを見下ろしている。箸を咥えつつ、恨めしげな視線を送ってみるも、当の本人は眉一つ動かさない。きっと刹那が本気でないと分かっているのだろう。何だか悔しいが。
けれど、こんな馬鹿みたいな日常がずっと続けばいいのに、と願ってしまった。
強い風が吹いて樹々がざわめく。煽られた薄紅の花弁がひらひらと舞って、落ちた。
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