深夜。照明の落ち、月光だけが青白く差し込む薄暗いホールに、おぼつかない足取りで入ってくる影が一つ。
「抄弥、何だよその様」
肩は大きく上下し、歩くたびにぽたりぽたりと汗が零れおちる。尋常でないその様子に、悪戯っぽく口元を歪めて笑った。
「うるさい……ほっとけ」
暗がりの中でも、声が震えないように懸命に堪えている様が手に取るように解かり、暗い感情が込み上げてくる。けれどそれを押さえつけ、わずかに肩を竦めて見せた。
「無理言うなよ。その状態のお前放置したら、俺が上に怒られるんだぜ?」
「………」
小さく聞こえたのは舌打ち。相変わらず強情だなぁと口の中で呟いて、今し方まで座っていたソファから立ち上がる。
「で、誰にやられた」
そっと労わるように肩へと手を伸ばすと、すぐさま振り払われた。軽く目を見開いて、叩かれた手をひらひらとする。強情もここまでくると何と言うか。
「新興の奴」
忌々しげに短く吐き捨てた。今すぐに部屋へ戻りたいと、かすかに熱を持つ瞳が訴えかけてくる。あえてそれを無視して、頭のてっぺんからつま先まで舐めまわすようにじっとりと見つめれば、心底嫌な顔をされた。
「へましたにしては、ダメージ大きそうだな」
揶揄すると、ただでさえ赤かった顔がさらに赤くなる。羞恥なんてかわいいものではなく、苛烈な怒りによって。
「……薬」
「薬?」
「奴等が創り出したやつ。俺の捜査対象。それがちょいヤバくって」
ぐらりと身体が傾ぐ。慌てて抱きとめると、その身体の異様な熱さに驚いた。
「抄弥…? チッ、悪趣味なカス野郎共が」
「女だったらいいのかよ」
事態を察して毒づけば、腕の中から乾いた笑いが上がる。ムッと顔をしかめて、顎を掴んで視線を合わせる。
「おまえが誰抱こうが知らねぇが、おまえ抱いていいのは俺だけだし」
「ハッ。悪趣味なカス野郎め」
潤んだ瞳で見上げながら、自身の足で立つ力も残ってはいないというのに、そんな事を云う。なんて強情で、愚かしくて、愛おしい。
「口が汚いぜ、抄弥」
「おまえの言葉を返しただけだよ」
「…ったく。そんなになってまだ減らず口を叩きやがって。うちの姫には困ったもんだよ」
力の抜けた熱い身体を抱きあげても、抄弥は大して抵抗しなかった。
「誰が姫だ。殺すよ?」
ただそう、力なく云うだけで。
「あーそれは勘弁。おまえの殺し方はヒドいもん」
「…うるさい」
血と肉塊しか残っていない場面を思い出して、小さく身震いする。人を殺す時は獣になるんだと云う男は、反論はしなかった。
「てなわけで姫、俺に抱かれような」
「…………くそっ」
小さく悪態を吐いて、抄弥は昴へと身体を預けてきた。本当に薬に弱い体質だ。
「潔いな。そういうとこ、好きだぜ」
「黙れよ、昴」
そっと額へとキスを落としてやろうとしたら、思いっきり頭突きを食らった。薬に弱くとも、理性は強力らしい。本当に困ったことに。
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