1話です。
ありきたりな話ですね(自分で言う)。
まぁ何やかんやでこんなトーンで続きます。
第一章 「初めまして」
アレルヤからもたらされた組織への勧誘を受け入れて1週間程が経った。組織に属するようになってからは仕事は組織からのものと、アレルヤの「個人的な頼み」だけになったので時間的な余裕が生まれた。けれど刹那はこの余暇時間の使い道が分からなくてしばしば途方に暮れた。その都度、前の家から持ってきていた本を読んだりしていたのだが、どうも落ち着かない。もしかしたら自分は数日に一度は人を殺さずにはいられないほど精神が狂ってしまったのだろうかと疑う程だ。
刹那がほとほと困り果てていると、漸く組織から連絡が入った。いつもと変わらない暗殺の依頼だ。そして組織の人間だという人の写真をいくつか貰った。くれぐれも、現場で遭遇して間違って戦闘にならないように、との配慮らしい。そんなものか、と刹那は思ったけれど、情報屋のアレルヤにしてみると随分と不思議な体系の組織だという。新興という程新しくはないが、そこまで古い組織でもないらしい。けれど近年急成長をしているとかで、敵も多ければ人手も足りない。だから刹那に声がかかったのだろうと勝手に解釈している。
与えられた仕事はひとつ。敵対組織の幹部の暗殺だ。組織から渡された紙媒体の情報をじっくりと読み、頭に定着させ、刹那は部屋の片隅に置いていた地図を机の上に広げた。地図の右下の方にトレーシングペーパーを重ね、資料を見ながら線を引いていく。
資料に添えられていたアレルヤ経由の情報を元に、ターゲットの住居を割り出し、逃走経路を考える。明日はこれを元に下見をし、都合がいいようなら明後日にはしかける。毎日繰り返してきたことだ。慣れているはずなのにどうしてだか、手は覚束なかった。
会いたい人に会えるよ。アレルヤの言葉が耳について離れなかった。何を今更期待しているのか。
二日後。当初の予定通り刹那はターゲットの屋敷に来ていた。どのような理由があるのかは知らないが、自宅での殺害を条件に出されている。ターゲットはこの街の言わば上流階級の人間だが、自宅の警備は機械頼りで自身と家族以外の一切の人間を屋敷には入れない。用心深いのかそうでないのか微妙なラインだと刹那は思う。
機械というものはこの街でも一般的に利用されているが、原因不明の磁気嵐の所為で電波を用いた通信手段は全滅。酷い時は高度な機械ほど動かなくなるとの話だ。尤も、機械の所有自体がステータスになっているこの街で、刹那はろくに機械に触れたことはない。ただ、こういった屋敷に仕掛けられているトラップへの対処は身につけている。
屋敷の裏手にある小さな林の中から屋敷の様子を窺う。最初に感じたのは違和感だった。
「静かすぎる」
ぽつりと呟きを落とす。1階と2階にの一部屋ずつに明かりが灯っているにも関わらず、屋敷の中は静まり返っており生活音ひとつしなかった。妙だ。
刹那は両脚につけている二本のナイフを確認し、腰のホルスターから銃を抜き同じく動作チェックを行った。それから各種装備にもざっと目を通し、上っていた木から下りる。
林と屋敷を隔てるのは2メートル程のコンクリート塀。塀の上には有刺鉄線が張り巡らされている。この手の有刺鉄線には電気を通すのが常套だ。絶縁ゴム手袋とか使ってみる?とのアレルヤの提案を却下した刹那が選んだ方法は、至極原始的だ。
刹那は軽く助走をつけると一気に塀を駆け上った。そして爪先が鉄線に触れる直前体を捻って方向を変えると、塀を強く蹴り宙に身を躍らせる。宙で一回転してそのまま着地。軽く首を捻り辺りを見渡すが誰かが侵入に気付いた様子はない。おざなりな警備だ。もしくは、刹那の侵入の前に誰かが既に強固な警備を破ってしまったのか。その疑念は視界の端に転がる無残に壊された警備装置により裏付けされる。
先客がいる。果たして敵か、味方か。背筋にぴりりと緊張が走る。
今までわざわざ忍びこんだ屋敷に先客がいた、ということはなかったが、現場でターゲット以外の第三勢力にはち合わせたことはある。その時は三つ巴の攻防。言葉を選ばずに言うならば、刹那による皆殺しによってことなきを得た。だから今回もそうすればいい。けれど、組織に所属した以上は相手がどこの誰かということを確認しておく必要があるだろうか。可能性としてはあり得るだろう。そう結論付けて、刹那は既に何者かが空けた窓から屋敷の中へと入った。
外から見た通り、屋敷の中は静まり返っていたが、小さな話声らしきものが聞こえた気がした。足音と気配を殺し、声がした方へと向かう。両手には既に愛用の二本のナイフが握られていた。
声がしたのは1階で一番大きな部屋――リビングだった。1階で唯一明かりがついていた部屋でもある。薄く開いた扉のかげから中の様子を窺う。豪奢に飾り付けられた部屋の中央にはひとつの死体が転がっていた。間違いない。ターゲットのものだ。刹那は舌打ちしたい気持ちをグッと堪え、先客の姿を探す。死体から程ない位置にそれはあった。
ひとつは長身痩躯。栗色のウェーブがかかった髪の青年。こちらから顔は見えないがグローブをはめた手には大口径の自動拳銃が握られている。片や、彼の隣に立っているのは先の男より背の低い、中性的な顔立ちの少年、だろうか。少し幼さを残す面影にまるい眼鏡をかけている。
「…あれは……」
刹那はその姿を何処で見たのか瞬時に思い出した。組織から渡された資料の中だ。組織内の同じグループ内に所属しているという人物の1人。組織の人間がここにいるのならば、なおさら何故という疑問が首をもたげる。
刹那は意を決するとわざと音を立てて扉を開いた。
「誰だ!」
鋭い声が飛ぶ。向けられる銃口。照明の関係でその顔は見えなかったが、二つの眼光は真っ直ぐ刹那へと向けられていた。その隣で、少年が驚いたように目を見開き声を上げる。
「君は……最近入った新人か」
見た目より落ち着いた声色が冷静に告げる。少年は隣の男を軽く制止するとこちらへと歩み寄って来た。刹那はナイフ二本をホルスターに戻す。こちらに交戦の意思はないと示す為に。それが分かったのか、青年も銃口を下げた。
「知っているのか」
詰問に近い口調で青年が少年へと訊ねる。少年は軽く頷き、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「確か刹那と言ったな?」
「そうだ」
「俺はティエリアだ。組織から写真がいっていると思うが」
刹那は首肯する。ティエリア・アーデ。組織の中でも古株にあたる人物らしく、刹那へのメッセンジャーとして会うことが少なくはないだろうと資料には書かれていた。
「君はどうしてここへ?」
「組織から届けられた資料と一緒にその男を殺すように命令された」
刹那が顎で倒れている男を指すとティエリアはそちらを一瞥した後、口元に手を当てた。
「任務内容がかぶったか。最近少しごたついていたからな。君には悪いことをした」
「いや……」
正直拍子抜けではあるが、仕事は増えるよりは減った方がありがたい。
「ああ、そりゃ悪かったな。新人さん」
苦笑交じりの声がティエリアの隣から聞こえた。青年は銃を腰のホルスターに収めるとこちらとの距離を詰める。照明が隠していた姿が露わになった時、刹那は息を呑んだ。
「ロック、オン……!?」
驚きに声が裏返っていた。信じられないと思ったのはけれど刹那だけではなった。何故かティエリアもまた驚きに目を見開いている。そんな二人に挟まれた男は、ん?と首を傾げる。
「どこかで会ったか?」
告げられた無情とも言えるような言葉に、しかし刹那の心は極めて穏やかだった。他人の空似だろうが(名前まで同じというのは何かが飛びぬけている気がするが)、刹那のことを忘れているのだろうが、この際どちらでもよかった。
会いたい人に会えるよ。アレルヤの言葉をもう何度目か、思い出す。確かに、会えたのかもしれない。けれどこれは刹那が望んでいた再会ではない。
ギリっと奥歯を噛みしめる。頭の片隅で誰かが笑っているような気がした。
刹那は小さく息を吐く。そしていつもそうやってきたように、諦める。この再会に意味はないのだ、と。何故ならこの人にとって自分は、過去になってしまったのだから。
「……いや。初めまして。刹那だ」
「ああ。初めまして。ロックオンだ。お前の…3年先輩にあたる」
彼がいなくなって3年後に、14年ぶりの言葉を交わすことになるなんて、いったい誰が予想しただろう。
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