金髪碧眼に白い肌。世で美しいと称されるものを持った男は(少し美的センスに欠ける部分はあるものの)、豪奢な椅子にふんぞり返り、紅い液体に満ちたグラスを眺めていた。
「……くだらない」
男は手にしていたグラスを床に叩きつけた。ぱりんと小さな音を立ててグラスは砕け、紅い液体はどくどくと毛の長い絨毯に吸い込まれていく。どろどろとどくどくと吸い込まれていく液体から視線をはがし、憂いを帯びた瞳で鉄格子の外を眺める男へと足を踏み出した。
アントーニョは思う。この男でなければならない理由なんてなかった。ただ、どうしようもない窮地に陥って、たまたまそこにいたのが彼だったから、救いを求めた。選ぶしかなかった。生きるためには。
これを運命だと人は、神は言うだろうか。笑える。
「折角の極上の供物やったのに、勿体な」
椅子の腕に膝を乗せて、緑の瞳を見下ろす。
「なら、お前が飲めばよかったじゃないか。好きだろ? 生娘」
「冗談。俺はそんなもん喜ばへんよ。どっかの変態と違って」
薄い唇に指を這わして、女王様のご機嫌を伺う。けれどすこぶるよろしくないようで、今にも噛みつかんばかりにこちらを睨み上げていた。
「…別に俺は、お前やなくてもよかった」
突然に呟いた言葉に、男は微かに目を見開いたが、やがて酷薄な笑みを浮かべる。
「知ってる」
「……お前でない方がよかった」
「…知ってる」
残忍な男の唇に己のそれを重ねる。ほんのり血の味がする気がした。気持ち悪い。
恋し恋しと鳴いているのに、愛し方を知らない。本当は慈しみたいのに。不器用だから、思い通りにならない。滑稽。それはただの言い訳。茶番劇のシナリオ。
「お前なんて、はよ死んでまえ」
吐き捨てるのに、愛しさの滲んだ言葉で彼を喜ばせる。
こんないかれた女王様より、愛しく可愛い子がいるのに、契約に縛られたこの身は自由にならない。それでもいつか終わりが来る。彼も自分もそれには確信がある。そして、自身が最期にこの腕に抱くのは彼ではないのだ。
有効期限付きの主従契約。感情なんて焼いて捨てればいい。
「―――」
「―――」
それでも二人とも、同じ言葉を音もなく呟いて、唇を重ねる。このままお互いの吐く息だけを吸い続けて、死んでしまえば、と子供のような妄想。
形にならぬ想いに身を焦がされるのは、はたして。