別に期待なんてしていなかったけれど、目の前に広がる光景に少しの落胆と苦笑を滲ませて、身をかがめてただいまと耳元に囁きかける。ぐっすり夢の中のお子様は、吐息のくすぐったさにか、纏う冷気の冷たさにか、わずか身を捩って、それだけだった。
すやすやと、そんな寝息が聞こえるのではないかと思うほど穏やかな寝顔に、自然と頬がほころぶ。何度見たって飽きない。そこに邪な情や、温かな情が混じっていようとも、境界線を引くこともできずただ抱えている。
緑のマフラーを解いて、黒い手袋を外して、茶色いジャケットを脱いで、部屋の片隅に備え付けられたクローゼットへと片付けていく。冷たい空気に浸かりきってしまう前に部屋着に着替え、冷たい布の感触にぶるりと震えた。暖を取るために着込むのに、まず暖を奪われるというのはどうなのだろうかと、昔から不思議で仕方がない。
「ん…」
小さな声に振り返れば、シーツがもぞもぞと動いている。起こしてしまったのだろうかと、僅かばかりの罪悪感と、そこそこ大きな期待を胸に、ひょいと枕の半分を覆う顔を覗き込む。長いまつげが震え、ゆるゆると瞳が開かれる。焦点の合わない瞳がぼんやりと、何かを探すように彷徨って、やがてこちらの姿をとらえる。
「―――」
衣擦れよりも小さな声に首をかしげると、布団の中から小さな手が伸びてきて、服の裾を掴んではくいっと弱弱しく引き寄せた。
「…おかえり」
ややあって聞こえてきたのはそんな声。軽く目を見開いて、やがて苦笑交じりにただいまともう一度繰り返す。ただそれだけのやり取りなのに、この子供は嬉しそうに笑うから――それが無自覚だと知っているからこそ――肌に感じる寒さが吹き飛ぶくらい、心がほんわりと暖かくなる。
「飯、たべた?」
「いや。これから」
「つくえに、おいてある。あたためたらいいから」
「ん。ありがとな」
やわらかい黒髪をくしゃりと撫でてやると、猫のように目を細める。その仕草が好きだと言ったら、そんな記憶はないと突っぱねられるのが常だから、何とも貴重な体験だ。
「明日も学校だろ? もういいから、早く眠っちまえ」
「…でも……」
「明日起きたらいっぱい話そう? な」
優しく囁きかけて、前髪をわけて額にそっと口づけを落とす。くすぐったそうに身を捩って、やがて小さく頷いた。
「…おやすみ」
「ああ。おやすみ」
もう一度、離れる名残惜しさを紛らわすように髪を撫でて、身体を起こす。間を置かず聞こえてきた寝息に、本当に眠かったんだなぁと口の中で呟いて、もう二度と眠りを妨げることのないように、抜き足差し足部屋を後にする。
それにしても、そろそろ人のベッドで勝手に眠る癖はどうにかならないだろうかと、嬉しい特権を噛みしめながら、どこか他人事のように悩んでいた。
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現代義兄弟設定がマイブームです。
ニール21歳、刹那13歳くらい。
親が再婚同士で、仕事の都合で海外に行ったか何かで、二人で同居してます。
刹那が小学校低学年くらいから一緒な感じ。
だからかなり心許している模様。
ニールが忙しくてあまり料理とかしないので、刹那が普段は料理作ってます(結構上手い)
昔は二人で一緒に寝てたから、未だに眠い時は寝ぼけてニールのベッドで寝ちゃってるとか、萌えませんか?という妄想。
正直に言うと、今部屋が凄く寒いので、めっちゃあったかそうな話が書きたかっただけです。
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