一昨日くらい、テスト開始10分前くらいに、1人の男性が教室に駆け込んできました。
男性はリュック片手に、逆の手に筆記用具を持って、私のななめ前の席に座りました。
教員が学生書の提示を求めると、男性は財布の中から、何故か一辺が折れ曲がった学生証(プラスチック製)を出しました。
何で曲がってるんだと、美坂が心の中で突っ込んだのは言うまでもありません。
その後、リュックをおろし、一息ついた男性は、前方のホワイトボードを見て息を呑みます。
ホワイトボードには、試験科目名と担当教諭名、そして参照や筆記用具の指定などが書かれていました。
この試験は筆記用具がインキのみだったので、手に持っていた物を見る限り、インキ類が無いのかな?と私は思いました。
その後、さっとリュックから取り出せばいいものも、男性は「どうしよう。どうしよう」と呟きながら頭をかくばかり。
ちょっと手を挙げてみるも、教諭は誰一人気づきません。
「すいません」と呼びかけてみるも、男性の声が小さすぎて届きません。
凄く気の毒だなぁと思いつつも、さっさとリュックから出せばいいんじゃない?と思って眺めていました。
ここで声をあげて教諭を呼んであげても、大きなお世話に他ならないので黙って「気づいてあげて」念を送ることしかできません。
私の後ろに座っていた女の子たちも「気づいてあげて」とぼそぼそ言っていました。
そうするうちに、どんどん時間は経ち、男性の焦燥は募るばかり。
その時、漸く男性が手を挙げていることに1人の女性教諭が気付きました。
彼女が担当教諭に声をかけると、担当教諭は解答用紙と問題用紙を手にこちらへ向かってきます。
しかし、男性は「ああ、違うのに」と焦ったような声。
両用紙はすでにあるのだから当然だろうなと思っていると、男性は突如リュック片手に立ち上がり、学生証を向かってきた担当教諭に見せながら一言。
「すみません、教室間違えました!」ええー!と叫びそうになるのを堪えると、一部始終を見守っていた面々が思わず吹き出してしまいます。
担当教諭も驚いて、足早に教室を出ていこうとする男性に声をかけました。
「君、教室何処か解ってるの?」
「いえ、解りません」
ここで美坂も我慢の限界で、失礼と知りつつも吹き出してしまいます。
教諭二人の助けを借りて、何とか自分の教室が解り走り去っていく男性。
よかったなぁと思ったのも束の間、美坂の視界の端に、置き去りにされた筆記用具がありました。
ちょっ、え!?と、彼の唯一の筆記用具であるそれらに動転しました。
しかし男性はもう走り去った後。如何しようもありません。
ふと、担当教諭がやってきて、置き去りにされた筆記用具に「ん?」と首をかしげます。
そして、後ろの人に「これさっきのこの?」と訊ねると、「たぶん」との返事。
いえ、たぶんでもなんでもなく確実にあの人のものです。ツッコミ魂心の中で炸裂。
担当教諭は「そうか」と頷くと、筆記用具に手を伸ばし、
綺麗に整頓してその場を去りました。
持っていくんじゃなかったの!? つか、置いていってどうするよ!? 彼が戻って来るにしても、貴方が持っていった方が色々便利じゃないの!!?
再び襲う笑いの波。
うっかり周囲もくすくす笑いが止まりません。
それに気づいた教諭は首をかしげつつ、近くにいた人に「何かおかしいことがある?」と訊ねます。
事の次第を何もしらないその方は「さあ?」と首を傾げるのみ。
一部始終を見守っていた私たちだからこそ、笑ってしまったのですが。
結局筆記用具は試験開始後もそのまま放置されていました。
人の失敗や不幸を笑ってはいけないとは思いつつも、あまりにも驚きの展開が続くと、笑いを堪えられない、悲しい人間の性のお話でした。
……まぁそんな大それた話では確実にないですが。
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