背中に感じるぬくもりに、手に持っていた本の文字かかすれてくる。昨日は何時に寝ただろう。そんなに遅い時間じゃなかったはずなのに。こくりこくりと船を漕ぎながら、無意識に文字を追う。頭に入りはしないのに。
「――――」
不意に聴こえてきた声に、耳を澄ませる。一言も聞き逃さないように。昔からしていた習慣。誰の声も、ひとつたりとも取りこぼさないようにと。
「――――」
耳慣れた言語が少しの抑揚をつけて紡がれる。会話と言うよりは独りよがりな、独りごとと言うには詩的な、音の羅列。ああ唄か、と気づいたころには重い瞼に誘われて、文字は遠くへ消えていた。
「――――」
続く旋律。甘く優しく響く声。安心する。安堵する。昔から大好きな声。
にーる、と、ぽつりとこぼしたら、不意に声は止んだ。
「ん? どうした」
ん、とひとつ応えるけれど、続く言葉は紡がれない。せつなーと、呼ばれるけれど、ん、と小さく返すだけ。それ以上は、ふわふわとした現状では、どうあがいても言葉にはならなくて。
身を包む不思議な感触に溺れるように、背後の背中へともたれかかる。
くすくすと小さな笑い声が聞こえる。お子様だなぁなんて失言もあったが、反論する気力もなく、むにゃむにゃと意味をなさない声が出るばかり。
「お前明日テストだろー? 勉強しなくていいのか」
「…ぃぃ」
「仕方ない奴だなぁ」
呆れたように、けれどあたたかみのある声で笑って、再びニールはあの唄を紡ぎ始めた。
「――――」
そう言えばこれは子守唄だったと、思い出した頃には意識は呑まれ。
翌日、何故起こさなかったと大激怒したことは言うまでもない。
―――――――――
ちょっと理不尽な刹那
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