息苦しい。そう思って次に感じたのが胸にかかる重み。未だ覚醒しきっていないままぼんやりと目を開けると、カーテン越しに朝日がぼんやりと射し込んでいた。ベッドサイドを手探り時計をわしづかんで時刻を確認すると、休日だからこそできるような朝寝坊の時間帯。時計をそのままカツンと胸元に落とすと、そこそこ鈍い音がして、小さな唸り声が聞こえた。けれどそれも意に介さず時計をサイドテーブルへと戻すと、白いシーツの中からにゅっと細い手が出てきた。寝ぼけ眼でその手の行き先を追うと、先程まで己が掴んでいた時計を手に取りそのまま地面に投げ捨てた。くっと喉の奥で笑いを留めるも、すぐ下からはむっと険呑な空気を纏った顔が現れる。
「何がおかしい」
「いいや? 別に」
くっくっくと尚も笑いがこぼれるものだから、時計に頭を殴られて目を覚ました青年はたいそう機嫌が悪そうだ。誤魔化すように、詫びるように、猫っ毛の間に指を差し込む。気持ち良さそうに目を細める仕草は、本物の猫のようだった。
「何時」
猫は自身を撫でる手に軽く唇を押しあて、先程よりは幾分か険の和らいだ声で訊いてくる。
「10時」
「…遅い」
「いいだろ。休日くらい」
じっと不服そうにこちらを見下ろすのに、甘えるように手に頬をすり寄せるのだから、きっと彼はまだ寝ぼけているのだろう。起きぬけにしか見られない姿を見れるようになったのはいつだったろうか。
青年は欠伸を噛み殺し、少しだけ体を起こした。するりとシーツが彼の体を滑り落ちて行く。外気に触れた肌が寒かったのか、ぶるりと体を震わせる。
「いいかげんな奴だ」
くわっともう一度欠伸をして、青年は完全に体を起こした。のだけども、人の腹の上に座るというのはいかがなものか。少し視線を下ろせば、シーツに隠れて見えそうで見えない。もう少し体をずらせば見えそうだが、悪い企みはあっさり見破られ、冷たい視線を頂いた。俺だけが悪いのか。
「何だよ。誘ってんのかと思った」
子供のように唇を尖らせて言ってみれば、青年は軽く目を見開いて、やがてにっと笑った。その笑みがあまりにも妖艶で、出会った頃の幼さの欠片も残っていないのだから、自分は教育方針を間違えたのではないかと思ってしまう。多分、友人に言えば苦笑いされることだろう。何を今更と言われてしまうかもしれないが。
ともあれ、彼は人の腹の上にまたがるように座って、にたりと笑って唇の端を舐めた。そして先程まで髪を弄っていた手を拾い上げると中指の腹から先端にかけてねっとりと舐め上げ、かりっと爪に歯を立てた。
「乗らないのか?」
「~~っ」
この子は本当にどこでそんな誘い方を覚えてくるのだろう。頭が痛い。年々色気を増していくのは錯覚だろうかと嘆いたら、そう思っていないならそれこそ錯覚だとある友人は真顔で返した。多分、十中八九自分のせいなものだから、何も言えなくて、そしてそんな変化を喜んでいる自分がいるものだから、救えない。
「お兄さんお前の将来が心配」
はあ、とため息ひとつ吐き出して握られていた手を掴み返して引き寄せる。間近に迫った唇にやんわりと噛みつくと、くすくすと笑う声が聞こえてきた。
「お前にしか見せないからいい」
冗談が苦手な青年の言葉に、天を仰いだ。おお神よ、俺にこの子をくれてありがとう。
「本当、甘えるのも誘うのも上手くなったよお前」
「誰のせいだと思っている」
そんなところだけ真顔で返すものだから、それが妙に子供っぽくて可笑しくて。
「悪いなんて言ってないだろ?」
宥めるように囁いて、愛しい子の体を組み敷いた。
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