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「 だけど、(ニル刹) 」

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だけど、(ニル刹)

2011.11.26 Saturday 00:58

私が書くとロックオンはそこはかとなくへたれだよね、と。

 彼は言った。いつものようにミッションの時間だと告げるのと同じくらい自然と、キスをしろと言った。
 その瞬間、周りの空気がぴたりと止まったような錯覚を覚えた。次いで胸に飛来したのは戸惑いだ。嫌悪でも驚愕でもなくただ戸惑った。それは自分がキスというものを日常生活の中のひとつの行為として持つ生活をしていたからだろうと、遅れて思考が結論付ける。だからもしかしたら彼もそうなのだろうかと考える。しかしそれをロックオンは知らない。自分とは肌の色が違う、いわゆる多民族である彼の日常の中にもキスという行為が溶け込んでいたのかもしれない。だけど、とすぐに考えを打ち消す。仮に彼が自分と同じように、その行為を「挨拶」や「親愛の証」として用いる生活をおくっていたならば、わざわざこうして命じてくるのだろうかと。
 ロックオンは、はた、と気付く。そうだ、と。彼は――刹那は、頼むでもなく命令してきたのだ。自分に対してキスをしろと。対象までは口に出さなかったものの、ブリーフィングルームにふたりだけというこの状況下において、他の誰か(いっそ床に転がっているハロ)にしろと言っているわけではないだろう。仮にそうだとしたら何故そういう思考に至ったのかという大きな謎は残るものの、鼻で笑い飛ばせばいいのだ。子供の言葉だと。
 刹那は仲間なので対等に接しているつもりではある。時々、アレルヤ辺りから「過保護」と苦笑されることはあるけれど、刹那を子供だと馬鹿にしたことはないし、贔屓をしたこともない。けれど、彼の外側ではなくもっと内側に踏み込んだ時、この子が自分よりも年下の子供なのだとふと思うことはある。それによって生じる複雑な感情はあるけれど、ロックオンは一度だってそれを表に出したことはない。だが、もしかしたら今顔に出した「戸惑い」の表情は、ソレなのではないかと危惧する。刹那を馬鹿しているわけでは決してないが、彼の言葉を普段の刹那には似つかわしくない子供のそれだと感じ取ったのではないか、と。
 自分の感情にひとつの、少し後ろめたい結論を得たロックオンは、今度はきちんと真正面から刹那を見下ろす。頭ひとつ、といかないまでも低い少年の瞳はずっと、先程から逸らされることなく真っ直ぐこちらを見つめていた。くすんだ赤い瞳に見つめられると何故だか自分の奥の奥まで見透かされているかのような気分になる。当然、刹那はそのようなことはしていないし、しようとも考えていないだろう。

「できないのか」

 こてんと首を傾げることもなく、あくまでじっとこちらを見上げたまま刹那が呟いた言葉に、ロックオンはぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。その声に、言葉に含まれていたのは明らかに落胆の色だった。ロックオンはそこで初めて自分が失敗したことに気づく。取り返しのきかない愚を犯したことに気づく。
 何てことはない。ただ、彼の言葉通り、自分は彼の頬にでもキスを贈ればよかったのだ。仲間にキスをすることくらい、『自分にとっては』差し障りのない普通のことなのだから。しかし何故それが出来なかったのか。答えはとても簡単なことだ。ロックオン・ストラトスが刹那・F・セイエイに仲間以上の情を抱いているからに他ならない。
 ロックオンは戸惑った。何故か。理性はひとつの結論を得た。理性という表層心理が取り繕った答えをだ。だが違う。もっと単純だ。本当に。ロックオンはキスに籠めるべき感情に迷った。だから戸惑ったのだ。親愛の情を籠めてキスをすることは容易い。ずっとやってきたことなのだから。だが、彼に対してそれをすることを拒絶する自分がいた。それだけでは満足できない。箍が外れて取り返しがつかなくなってしまう。
 取り返しがつかなくなることに怯えているのは紛れもなく自分自身だ。大切な何かを手に入れることに怯えている。自分の生き方がその人を置いて行く未来を容易に想像させるからだ。一度手に入れたなら、手放したくなくなってしまう。自分の酷いエゴを押しつけて、連れていってしまいたくなる。

「…ロックオン」

 痺れを切らしたように、少し苛立たしげに、催促するように。どうするのかと言外に問うているのが分かる。お前の結論を出せと、問うてくる。まるで全て見透かしているかのように。そんなことはないだろうと、油断していたのに。
 真っ直ぐなその赤い瞳には何が映っているのだろう。大人ぶった情けない男の情けない顔が映っているのだろうか。
 ロックオンは軽く手を持ちあげ躊躇いがちに目の前の、刹那の頬に触れた。薄くはないグローブの生地越しにも彼の頬の感触はしっかりと伝わって来て、目を細める。頭の中で誰かが警鐘を鳴らしている。お前はこの子を連れていくつもりなのかと責めたてる。その声に応じるように手を離しかけたけれど、それを許さなかったのは刹那だった。刹那は何も言っていない。何もしていない。ただじっとこちらを見て、逃げようとする男を諌めたのだ。
 参った。降参だと、ロックオンは心の中で両手を上げる。今自分の口元に浮かんだのは苦い笑みだろうか。それとも。
 ロックオンは離しかけた指を滑らせ、きつく結ばれた刹那の口元へと辿りついた。少しかさついた唇を割り、指が口内の粘膜に触れた、と思ったその時、がりっと音がしそうな程強く噛みつかれた。

「痛っ…!」

 反射的に手を引き抜くと、刹那の口元にだらりと自分のグローブが垂れ下がる。何とも間の抜けた光景だった。

「く」

 喉の奥で音を立て、ロックオンは引き抜かれたグローブを彼の口から解放する。そうして無造作に床に放り捨てた。それが顔に当たったのか、ハロが何やら文句を言っているが聞こえないふりをして、そうだな、と刹那に頷きかける。

「これは要らないな」

 触れると決めてしまったからには、薄っぺらな拒絶はもう必要ない。

「連れていくからな。お前が、嫌だって言っても」

 グローブを外した手は外気に曝され少しずつ熱を奪われていく。それを防ぐように、補うように自分より少し体温の高い案外侮れない少年へと触れて、少し顎を持ちあげる。
 この部屋に入って来た時からずっと、少したりとも変わらなかった少年の瞳が少しずつ閉じられて、何故だかロックオンには刹那が笑っているように見えた。
 そして、彼が命じたように、少しかさついた唇を潤すようにそっと、口付けを落とした。













―――――――――――――――――――
あえて余韻をぶち壊すなら、お前らキスひとつにどんだけ時間かかっとんねん!という話。
タイトルは『だけど、触れるよ』と『だけど、連れていってはくれなかった』という二重の意味があります。
雰囲気的にはちょっといつもと同じようで違う2人かなーと思います。
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