骨折した。学校のクラブ活動で試合中、ちょっと相手がミスをしてこちらに被害がやってきてあれよあれよという内に右脚がぽきんと逝ってしまった。医師曰くビックリするほど綺麗にぽきんと逝っちゃってるから意外と早く治ると思うよ、とのこと。それでも暫くは満足に動けないわけだし、骨がくっついた後もリハビリという名の厄介な代物が待っているのだから、そんな朗らかな笑顔ではっはっはと声を上げて笑いながら言わないでほしい。患者を配慮してのことなのかもしれないがちょっとイラっときた。ちょっとだけ。
「せつなぁあああああああああ」
ずどんという大凡病院の個室扉が鳴らす音ではない音を鳴らして馬鹿が来た。五月蠅いのが来た、と刹那は頭を抱えた。誰だあの馬鹿に連絡を入れたのは。両親が不在の現在、緊急連絡先がこの馬鹿の勤め先であることくらいは知っていた。だから分かっていた事態でもある。だからと言って。
「病院ではお静かに!!」
馬鹿に負けない音量で看護師に怒られた馬鹿はすみませんすみませんと何度も頭を下げて、そっと部屋の扉を閉めた。痛む頭を持ち上げて見れば馬鹿はジャケットを片手に持って、ネクタイも乱れた姿だった。きっと誰もがこの男を見て一流の弁護士だと思いはしないだろう。長年一緒に生活している弟でさえ、この兄がそんな立派な人間であるはずがないと、もう数え切れないほど何度も思った。
そんな馬鹿――基、兄は中途半端にぶら下がっていたネクタイを引き抜くとYシャツのボタンを開け、あちぃと呟きながら手で必死に自分を仰いでいる。そんなに手を動かしたらもっと暑くはならないのだろうかと思うが、その考えに至ると同時、刹那はこの病院が兄の勤め先である事務所からそこそこ離れた場所にあることを思い出した。自分がここに運ばれてから1時間と経っていない。学校から連絡が入ってすぐに全速力で駆けつけなければ、今ここに兄はいない。そういうところが馬鹿なんだと、苦々しく弟は思う。
「大丈夫か?頭とか打ってないか?俺のこと分かる?」
ベッドガードに手をついてこちらを覗き込むように見てくる兄を見て、刹那は思いっきり顔をしかめた。顔じゅうの筋肉を総動員してしかめた。それを見て兄は大丈夫そうだなとからり笑う。
「いやぁ、驚いたぜ。急にうちに電話が入ってさー。とりあえず所長に貸し二つで話しつけて急いで駆け付けたけど、まぁ、無事そうでよかった」
兄の言う貸しというのは、兄が普段から周囲に与えているものである。いざという時のために貸しは作っておくに越したことがないと、普段から色々と貸しを作っているらしい。先日は友人に借りたモバイル端末を壊して中のデータなども全部飛ばしてしまったが、貸し3つ分でチャラにしてもらったと言っていた。どれだけ貸しがあるのかと聞けば、あいつの場合付き合い長いから二桁はくだらないと真顔で言っており(何しろその友人の現在の奥さんとの結婚までこじつけたのは兄らしい)、その話を聞いた母は周到ねぇと褒めていた。ちなみに兄は友人と新しいモバイル端末を買いに行ったし、データの修復もできる限りしたそうだ。その辺りを貸しにこめないのは兄なりの気遣いなのだろうか。知らん。
「それで、どらくらいかかるって?」
「全治1ヶ月程らしい」
成程成程、と頷くと兄は打って変わって穏やかな笑みを浮かべ、まるで子供をあやすように軽く二三度刹那の頭を叩いた。
「大丈夫。何も心配いらない。お前に不自由はさせないからな」
心配すんな、と兄は繰り返した。刹那はふぅと息を吐き、思う。いくら馬鹿だ馬鹿だと詰っても、兄を嫌いにならない理由はこういう一面があるからだ。
骨が折れていると聞いた時、治るまで面倒だな程度しか思わなかった。それなのに兄は刹那の表層心理に表れていない不安を敏感に感じ取って大丈夫だと笑う。正直敵わない。多分、一生。
刹那は再びため息を吐くと、兄の手を払った。
「汗臭い。寄るな。帰れ」
「ついさっきまでしゅんとしてたくせにこの口はー」
ぎゅむっと兄が頬をつまんでくる。これはかなりイラっとした。だから今度は本気で兄の手を叩き飛ばし、
「帰れ!!」
全力で叫んだ。
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君たち誰?って私が思いました。何か別のキャラ混ざってるよね、と。
何が書きたいのかさっぱり分からないけど、兄弟っぽい話が書きたかったんだと思います。
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