開いた口が塞がらないとはまさしくこの事だろうと思った。正直言って驚いた。それほどまでに完璧だった。何でも作法委員の立花先輩の指導を受けたのだと言 う。成程確かにそれなら納得がいく。十分すぎるほどに。けれど安易な言葉をかけるのは憚られた。言えばそこから何かがぼろぼろ零れていくような気がしたの だ。折角のものが陳腐な偽物になってしまうような気がしたのだ。じぃっとただ見つめていたが、それは決して己だけではなかった。様変わりした相手もただ じっと、ほんのり上目遣いにこちらの様子をうかがっていた。どこかそわそわしながら。
「……何も言ってくれないのか?」
なんたることか。ようよう口火を切ったこの友人はこともあろうに感想を求めてきた。今しがた決して言うまいと胸に誓った言葉を、重い蓋を持ち上げ外に出せと言うのだ。困惑した。どうしようどうしようどうしよう。
「あー……巧くできてるんじゃないか?」
「それだけか?」
誤魔化されてくれよこんちきしょぅぅぅ。声にならぬ声で叫ぶ。と、その時神様の悪戯か(そもそも神なんて信じていないが)、級友が通りかかり、何とこちらに気づいて近づいてくるではないか。
「よー、三郎。何綺麗な人連れ込んでるんだよ……て、兵助!?」
友人は何とも予想通りの反応をして、着飾って人が変わったような友人の姿を凝視した。
「やあ、八左ヱ門。立花先輩に指南していただいたんだがどう思う?」
「どうってお前、凄いよ。俺も一瞬お前だって分からなかったくらいだし。凄いなぁ」
へぇとため息のような呟きをこぼしつつ、じろじろと女装した友人の姿を観察する。何とも面白くない光景だ。
「にしてもほんとによく似合ってんな。そこいらの娘には負けないんじゃね?」
「大袈裟だよ、ハチ」
くすくすと笑うけれど、どうも満更ではなさそうだ。何だそんな言葉が欲しかったのか。そんな言葉がそれほど嬉しいのか。全く以て気に入らない。ああそう さ。兵助は元がいいんだ。普段だって本人が少し本気を出せばそれはもう凄い美人になるんだ。それが今回はあの立花先輩の助力があったのだ。そこいらの娘と 比べるまでもない。ああ綺麗だ。綺麗だとも。誰かに見せるには惜しいほどの美人だとも!
「三郎、三郎。声に出ているよ」
いつの間にやら現れた雷蔵の言葉にはっと我に変える。見れば八左ヱ門はものの見事に硬直し、兵助は白い頬を真っ赤に染めて顔をそらしていた。事態はすぐに呑み込めた。だからこそ恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
「おい、兵助」
「え?あ…何?」
「町へ行くのだろう? ついでだ。私も一緒に行こう」
「あ、そうか。うん。俺は構わないけど…」
「よし。では行こう。光陰のごとく素早く行こう」
がしっと腕を引っ付かんで足早に正門へと向かう。背後でお土産よろしくねーという雷蔵の声が聞こえた。
「結局お前は俺に何を言ってほしかったんだ」
こうなったら自棄だ。恥も外聞もない。
「………」
けれど友人は何故か黙り込んでしまった。おや、とは思ったけれどまだ顔を合わせるのは気恥ずかしく、振り返ることはなかった。
「思わず自画自賛してしまうほど巧くいったと思ったから、褒めてほしいと思ったんだ。変装名人のお前に」
消え入りそうな声でぽつり零れた声に、聞いているこちらの方が赤面してしまう。結局そのまま正門まで辿り着いたものだから、いつものように掃除をしていた 事務員に手を繋いでいるところを見られて、仲良しですねぇと邪気もなく微笑まれたものだからますます以ていたたまれなかった。
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