達成感とか解放感とかそう言ったものは全くなかった。言うなればどうしようもなく空虚だった。
「刹那」
呼びとめたのは戦術予報士の女。彼女の名を返事代わりに呟くと、いつもは笑いかけてくるはずの瞳が細められた。それは別れを惜しむというよりはもっと沈痛な情を孕んでいるように見えた。
「行ってあげて」
「……?」
誰に。どうして。そんな疑問が浮かんだ。だからただじっと見上げる。答えを求めて。
「貴方がもしロックオンを大切に想っているのなら、行ってあげて。彼の所へ。きっと彼を引きとめられるのは貴方だけだから」
「………」
それでもまだ足りない。欠けた情報を求めてやはり動かずにいると、彼女の目もとに薄っすらと涙が浮かんでいるのが分かった。流石に驚いて微かに目を見開くと、彼女ははっとして素早く目もとを拭う。
「私達がしてきたことは成果を上げたとしても罪であることには変わりがない。だから、彼は罰を受けようとしているの。自分の罪に対する罰を。奪った命への贖いの仕方なんて、少なくとも彼はひとつしか持っていないはずよ」
彼女の言葉が終わる前に背を向けて走り出した。それは先程「じゃあな」と言ってロックオンが去って行った方向。
取り残されたスメラギは別れの挨拶ひとつできなかったな、と少し後悔しながらそっと口元に手を当てた。
「やっと終わったの。だからもう誰にも死んでほしくない。これが私のエゴだとしても」
だからお願いね、と小さくなっていく背中に投げかけた。
走った。走って、走って、走って。息が詰まりそうだった。いなくなる。ロックオンがいなくなる。その事実だけが胸を占拠して、他の何も考えられなくなる。その背を追うことに、どうして、なんて問いかける必要はなかった。何度も背中を預けた。何度も背中を押してくれた。受け入れてくれた。それだけあれば充分。
初めて、大切だと思った。だから。
「ロックオン!」
その背が見えた瞬間、声の限り叫んでいた。
驚いたように震える肩。靡く茶色の髪。見開かれた碧の瞳が真っ直ぐ、刹那を捉えた。
「刹那?」
「いくな」
「え?」
立ち止まったロックオンにすぐに追いついて、きょとんとこちらを見下ろすその前で乱れた呼吸を整える。顔を上げてもう一度碧の瞳と視線が絡んでふと、刹那は躊躇した。
彼が贖いを受けるというのなら、それを止める権利は自分にはない。それは刹那が同じ道を選んでも、この男に止める権利がないのと同じように。だからこれはただのエゴだ。
躊躇った腕を伸ばして、彼のジャケットをぐっと掴む。そして真っ直ぐ碧の瞳を見上げて、口を開いた。
「いくな、ロックオン」
「行くなって…ここに留まれって言うのか?」
「違う」
首を振る。分かっているのかいないのか、依然ロックオンは不思議そうな顔をしたまま。
「お前が何処に行ったっていい。だけど、逝くな。罪の代償に自分の命を差し出すな」
「……っ」
面食らったように渋い顔になる。ああやっぱり、彼女の言葉は正しかったのだと直感して、手に力を込めた。
「……逝くな」
気付けばいつの間にか懇願するような声色になっていた。けれど、自分がなけなしのプライドを捨てることなどでこの男を繋ぎとめることが出来るのなら、そんなもの安いことだと思った。
多分これは好きという感情なのだろうと刹那は思う。昔ロックオンが教えてくれた。大切な人への感情。
「全部終わったんだ。今更俺に何の為に生きろって言うんだ」
「…それは……」
無感動な瞳に見下ろされ、返す言葉も無く俯く。するとくしゃりと頭を撫でられた。その手の暖かさに驚いてすぐに顔を上げる。
「そう…思ってんのにな。そんな風にお前に言われて迷わないわけがない」
困ったように笑うその瞳に、先程のスメラギと同じものを見つけた、と思った瞬間には抱きすくめられていた。
「………逝くな、ロックオン」
「ったく、まいったな。そんな風に泣かれちゃ無下に扱えない」
「泣いている? 俺が?」
「無自覚かよ」
苦笑する音が聞こえる。それと同時にもっと強く引き寄せられるから、少し高いその背に腕を回した。離したくなかった。
「お前を置いて、どこかに行けるかよ」
「なら行かなければいい」
「俺のこれまでの覚悟をどうしてくれるんだ」
「そんなもの知るか」
「結構辛いし苦しいんだぞ?」
「…………」
「そこで黙り込むなよ。お前が悪いわけじゃないんだから。嗚呼、でもそうだよな。同じだけの罪を負ったお前が、未だ生きると決めたんなら、俺だけが逃げるわけにはいかないよな」
少しだけ腕の力を抜いて見上げると、頬にぽとりと滴が落ちた。翡翠のような瞳が潤んで揺れる。それがあまりにも綺麗に見えて、無意識に手を伸ばす。
「一緒に生きよう。ロックオン」
「……ああ」
ロックオンは微かに震えていた刹那の手を取って、甲に軽く口づけた。まるで、誓いのように。
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書いてて刹ニル?と思ったのはここだけの話。いつもと違う逆プロポーズだったね(←色々台無し)。
ロックオンが泣くとこ書いてて、そう言えば刹那が泣いたのってロックオンが死んだ時が初めてだったなぁと思い出して、自分が感極まってしまったせいで色々ぐだぐだ。申し訳ない。
ロックオンが「一緒に生きてくれるか?」と言うことも考えていたんだけど、何となく違う気がして。
贖いは受ける、みたいなことを本編でも口走ってたニールだから、もしあのまま全てが終わってたら自殺でもしそうだなーと思った。その時やっと家族の元へ行ける、と思うのか手を汚した自分は同じ所へ行けないと思うのかは分からないけれど。
もしスメラギさんが言わなければ、刹那はロックオンを追いかけることはなかった。その必要性を感じていなかったから。でも永遠に失うと思って初めてその存在の大きさに気付いて、死んでほしくないと強く思った。
ロックオンにとっては覚悟は決めているけれど、刹那という存在が唯一の刺でその刹那がなりふり構わず自分を引きとめる姿に、こいつと一緒に生きたいと感じる。すると今度は罪への贖いが心にひっかかって、せめて自分に出来ることはもうこれ以上この子の手を汚させないことだから――というので前の話に繋がる。
補足が長くて自分気持ち悪いって思った。それでもニル刹愛してる。
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