初めて人を殺した時、目の前をだくだくと真っ赤な血が溢れて流れた。広がる血の海と徐々に重みを増して行くサブマシンガンにべっとりと背中に嫌な汗をかいて、荒い息を吐いた息苦しさに空を仰いだ。赤い光が見えた。
「ああ、もう朝日が出る時間か」
仲間の誰かが呟いた。
「太陽……命の源」
また、仲間の誰かが呟いた。
「命の源」
オウム返しのように呟いて鋭利な光に目を細めて、逃げるように地面へと視線を落とした。亡骸から溢れだした血はもうそれ以上は広がらなくて、少しずつ枯れた大地に吸い込まれていった。それが同じ色だと思ったから、命の源という言葉に道理でと納得した。
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目を刺す光に目を覚ました。睫毛を震わせ瞳を開くと、案の定窓から差し込む光が見えた。
「お、悪い。起こしたか」
声の主は窓辺に立ち、厚手のカーテンをほんの少し空けた状態で固まっていた。悪い悪い、とあまり意味のなさそうな言葉を繰り返し、グローブに覆われた手を口元へと持って行く。彼の口から吐き出される紫煙は、カーテンと共に空けられた窓から外へと逃げて行く。
「煙草」
「…だから悪いって言っただろー?」
指摘されてどこか罰が悪そうに頭をかく。罪悪感を感じるくらいならば止めればいいのに。
「止めたんじゃなかったのか」
「んー……なかなかどうして止められないもんだよなぁ」
少し曲がった回答に眉根を寄せ、じっと睨み上げる。うっと息を詰めて右へ左へ視線をやり、やがて渋々携帯灰皿へとまだまだ長い白筒を押しつけた。この男は昔から無言の責めに弱い。
「はぁ。久々にいい煙草が吸えそうな気がしたのに。まぁいいか。刹那、ちょっとこっち来い」
こいこい、と手招きする。まるで刹那を小動物か子供とでも思っているような扱いに腹を立てる気は失せた。もう慣れてしまったし、いくら文句を言ったってこの男の態度は改まらない。
先程の彼じゃないけれど渋々起き上がって、フローリングをぺたぺたと踏みしめると男はカーテンを開き切った。眩しい白光に目を細める。
「見てみろ、朝日が昇るぞ」
言葉に釣られて目線を外へと投げる。遠い地平線にゆっくりと昇る太陽が見えた。白くて赤くて、どこかやわらかくてあたたかい、そんな光。それは不思議な感覚だった。
「同じ地球の上でも場所が変われば見え方も変わるもんだよな」
心を見透かされたかのような言葉に驚いて顔を上げるけれど、男の視線は太陽に向けられたまま、眩しそうに細められているだけ。この男も到底声を大にして言えない過去を持っている、ということだけは知っている。あまり多くを語ることはなかった。それはきっと刹那も同じだったからだろう。語れるだけの過去はあるけれど、語りたくはない。同じ。
「太陽は命の源」
ぽつりと呟いて再び朝日へと目を向ける。あの日は血と同じ色だと感じた。窓ガラスに映った男をチラリと見ると、急に腕を引かれ背後から強く抱きしめられる。まるで、存在を確かめるかのように。
「昔……家族を喪ってから初めて見た太陽が、眩しくて辛くてけど暖かくて……嗚呼生きなきゃなんねぇなって思ったんだ」
「……………」
「でも今は眩しいばかりだ。知ってるか? 太陽には浄化作用もあるんだ」
「……………」
「浄化できるもんなら、されてぇよなぁ」
ロックオンの額が刹那の肩に当たる。あまり言いたくはないが身長的に考えて少し無理な格好をしているだろうに、そのまま動く気配がない。十中八九刹那の言葉が彼に何かを思い出させたのだろうけれど、何もしてやることができない。それこそ、ただここにいることしかできない。
不意に、煙草の匂いに紛れて慣れた硝煙の匂いがした。
「……………」
刹那はただ無言で、太陽の光さえ通さない厚いカーテンを閉めた。
全てが終わっても尚、命を繋ぐためにロックオンは引き金を引き続けている。どれだけ刹那が言っても決して再びこの手を汚させはしなかった。護られている自覚がある。歯がゆくて仕方がないのに、一度言いつけを破った時のこの男の憔悴具合に、結局それから手を汚すことはなかった。エゴだ。今更。これ以上誰も殺させたくないなんて。馬鹿な男だ。
肩の力を抜いて、垂れ下がった男の手を取り片手で黒革の手袋を外し、白い指に自身のそれを絡める。指先が冷たい。普段は刹那よりも暖かいのに。苦しむくらいならこれ以上その手を汚すことはないのに。いくらだって代わってやるのに。
けれどそんなことも言えなくて、持ち上げた白い手の人差し指にかぶりと噛みついた。責めるように。
「…愛してるんだ、刹那」
だから危険な目に合わせたくない。死なせたくない。傷つけたくない。その手をもう一度汚させたくはない。そんな言葉が聞こえたような気がして、はぁと小さく息を吐き、噛みついた指先の小さな歯型にキスをした。
今のこの男にはきっとまだ、あの太陽は赤く見えるのだろう。そう思った。
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多分こんな感じでずっと生きて行くんだろうな、と書き終わってから思った。
最初は「朝日だー綺麗だなー」「そだな」みたいな感じのほのぼのテイストで終わる予定だったなんて誰が信じるの。
たとえば一期で戦争根絶ーが叶ってもマイスターが平穏な日常の中で生きることはできないんだろうなぁとか思ってたらじめじめこんな話になりました。
各国のあれやこれやから狙われてるようなイメージ。一応王留美さんがバックアップは入れてくれてそうな感じ。
ロックオンは自分の手を汚すことを苦しく感じてるんだけど、自分達が生きた行くためには仕方がないと思ってて、でも刹那には殺させたくなくて、刹那はそんなロックオンを受け入れながらも歯がゆく思っていて、でも一緒にいることを選んだんだから出来る限りのメンタルケアはしてる。
ロックオンってあのまま願いが成就したら償いとかで自害しそうな気もしたんだけど、生きることが戦いだー!の姫様じゃないけど、刹那に怒られて一緒に生きてる。多分この二人くっついたの終わってからだと思う。
人を殺した後に見る朝日は赤く見える、とかって裏設定があったりする。しかし私朝日拝んだことない気がする。
微妙に機会があったらまた同じ設定で書きたいような気もする。
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