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「 性・10 」

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2025.01.21 Tuesday 11:20

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性・10

2011.08.15 Monday 22:59

データが飛んで書き直したらこんな時間。
最初考えていたものとは少し違う形になった感があります。

ところで、メタギアがボス戦で詰みました。
取り逃したアイテム取りに行きたいのに行けなくてボスに勝てない罠。

 2人の旅であるはずなのに、旅人と少年の旅は1人と1人の旅のようなものだった。地図を片手に歩く旅人の後ろを、少年はつかず離れずもくもくと歩いている。口数が少ないのは元々の性格なのだろう。砦を抜けてから旅人が少年に言葉をかけることはあっても、少年が何か言葉を紡ぐことは全くなかった。
 だから旅人は時折ちらりと背後を見やって、少年の顔色をうかがってやる必要があった。少年は口を開かない。自分の限界を自己申告することもない。最初は見た目に寄らずタフなのだろうかと思い、自分の都合で休憩を取った際、それは小川の傍だったのだが、川の水を勢いよくかっくらう姿を見て、ああしまったと思ったのだ。言わないだけでこの少年は、人並みに疲れを感じているのだと。当たり前のことだ。たとえ彼の人生が中断されていたとはいえ、この少年は今生きている。普通の人間と何ら変わりない。
 それから旅人は少年の顔色をよくうかがって、少しでもその色が変わったら休憩をとるようにしていた。その気遣いとも呼べるような行動に少年が気付いているかどうかは分からなかった。休憩だと言えば旅人と同じように足を止めて休憩するし、出発だと言えば旅人が歩き始めるのにならって歩き始める。そんな少年の姿に少し苦いものを感じる旅人であった。
 風が変わったことを旅人が気付いたのは、鼻腔を刺激した潮の香だった。少し湿ったべたつく空気が頬を撫で、落としていた視線を上げると地平線は青に呑まれていた。それは2人が砦を出てから2度太陽が昇った後のことだった。
 耳をすませば寄せては返す波の音色が聞こえる気がする。旅人は眼前に広がる青一色の世界に目を細めた。
 旅人が海を見たのは二度目である。一度、軍の演習で西の海へ赴いた。冬の海は灰色で、冷たくほの暗かったが、夏が近い今自分の海はかくも青いものなのかと、旅人は人知れずため息をついていた。
 その様子に敏い少年が顔を上げ、こちらに視線を寄こす。それに気付いた旅人は、僅かな高揚感を抑えて、海だ、と少年に言葉をかけた。少年は首を傾げる。

「海?」
「?見たことがないのか?ほら、あれだ」

 旅人は少年の隣に並んで、目の前に広がる海を指さした。少年はますます困惑する。

「海?あれが……空ではないのか?」
「ああ…確かに似たような色だが、紛れもなくあれは海だよ」

 どこか不服そうに見える少年の横顔に笑いかけると、途端に少年の顔が曇る。何かこの子どもを傷つけるようなことを言っただろうかと思案し始めたその時、突然少年が走り始めた。

「え?ちょっ……!」

 制止する暇もなく、少年は海へ向かってまっしぐら、全速力で駆けていく。海を知らない少年を海に近付けて何が起こるか分からない。旅人も慌ててその後を追った。万が一にでも死なれてしまったら、そんな不吉な予感が背筋を凍らせる。

「待て!!」

 声を上げて叫んでも、先行く少年の耳には届く様子がない。背に負う鞄をただの重荷であると感じたらしい少年が砂浜の上に鞄を投げ捨てるのを見て、旅人はますます頭が痛くなってきた。
 先に息が切れ始めたのは旅人の方である。いくら軍属とはいえ、子どもの体力には敵わない。少年が投げ捨てた鞄を拾い上げて、黒い表面から白い砂を叩き落しながら息を整える。
 ざくざくと砂を踏みしめ、時には足を取られそうになりながら、少年はそれでも波打ち際まで走っていった。漸く足を止めた少年の少し古風な靴にさざ波が触れる。
 少年が立ち止まってくれたことにより漸く追いつけた旅人は、彼の横に自分と彼の鞄を下ろし、はぁと息を吐く。少し肺が苦しい。

「どうしたんだ。急に」

 気遣うようにできるだけ優しく問いかけたというのに、少年は眉ひとつ動かさなかった。その赤い両の瞳は真っ直ぐ海を、地平線の彼方を見つめている。かと思いきや、再び足を動かした。返す波と同じようにずんずんと水の中へ足を踏み入れていく。

「こら、待て!」

 いくら夏が近いとはいえ、この季節に海へ入るのはどう考えても無謀だ。実際海に入ったことがない旅人ではあるが、それくらいの知識は持ち合わせている。

「待て!戻って来い!!」

 声を荒げる。先程よりも強く、大きく。それでも少年は振り返らない。服が、足が海水に濡れるのもお構いなしでどんどん進んでいく。まるで入水自殺を企てているかのように。
 旅人は舌打ちした。その真意がどうであれ、自殺願望者をみすみす放っておけるような性格ではない。旅人はコートを脱ぎ捨てると、服が濡れるのを気にせず、海へ足を踏み入れた。

「それ以上行くな!死ぬ気か!」

 旅人の声に波音がかぶった、その時、少年の体がぼとんと水の中へ落ちた。

「言わんこっちゃない!!」

 旅人は足を速める。予想通り水は冷たく身を裂き、水分をたっぷり含んだ服を重たくて、容赦なく旅人の行く手を阻む。それでも足を止めるわけにはいかなかった。あの少年を見殺しにはできなかった。
 こういった時にはどうすればいいのだろうかと、旅人は思考をめぐらせる。そうだ、呼びかければいい。名を呼ぶのだ。お前が戻ってくる場所はここだと。
 ああ、あの少年の名前は何といっただろうか。その名を知ったあの時は、それを記憶にとどめる必要はないと考えていた。まさかこんな局面にその名を呼ばなければいけなくなるとは思いにもよらなかったから。

「刹那!!」

 力の限り旅人は叫んだ。名前を覚えていた自分に少しほっとした。
 するとどうしたことか、旅人の目の前の水面が揺れた。咄嗟に旅人が後方に退くとばしゃんと大きな音を立てて少年の頭がひょっこりと現れた。どうも少年は波に足を取られたのではなく、自ら海中に沈んだらしいと旅人にはすぐに分かった。現に、少年は涼しげな顔で立ち上がる。
 水は、立ち上がった少年の胸の下辺りまでに及んでいた。こんな場所にいたら今度こそ本当に足を取られかねない。旅人は少年の手を掴んで、陸へ向けて足を踏み出した。が、不意にぐいっと服の端を引っ張られて足を止める。軽く首を回すと少年が空いている手で旅人の脇腹付近の服を握りしめていた。
 どうしたのかと声をかける前に、少年が口を開く。

「海は大地の果てだと教わった。ここは大地の果てだ。それなのに、ここに来るまであの森はどこにも見えなかった」

 思えば2,3日ぶりに少年の声を聞く。彼の声は寒さのせいか少し震えているようにも聞こえた。

「お前が言った通りだ。森はどこにもない。果たすべき使命もなくなったんだな」

 自分に言い聞かせるような声だった。旅人はただ無言で視線を陸へと向ける。静寂が落ちた。波の音にまぎれて、子どもの嗚咽でも聞こえるのではないかと思ったが、なかなかどうしてそんなことはない。その声色は悲哀に満ちているのに、少年が泣くことはなかった。

「お前と旅をすれば、あの森に辿りつけるのではないと思っていた。果てにつくまでには、あの鬱蒼とした木々の姿が視界をかすめるのではないか。もしかしたらこの海の中にあるのかもしれないと思った。だが、どこにもなかった。どこにも、なかったんだ。本当になくなってしまった」

 少年はその事実を喜んでいるのだろうか。しかし悲しみに満ちた声で喜びを露わす人間もおるまい。だからと言って単純に哀しんでいる様子でもない。森の意思を身に宿し、死を覚悟していた少年がその責務から逃れられた時の感情は、旅人には理解に及ばない。振り向いても俯いた少年の顔色を窺うことはできず、旅人は少年の気が済むまでこのままでいるか、と決めた。


「……………っ」

 小さく息を飲む声が聞こえる。服を掴む手に力が入って、指先が白くなるのを旅人は視界の端で捉えたから、その手に自分の手を重ねた。ぽんぽんと優しく叩いてやれば、ますます強く握りしめられてしまって、苦笑いがこぼれる。

「お前はここが世界の果てだと思っているらしいが、実際、この海の向こうにも国があって、村があって、当然森もあるだろうな」

 旅人の聞きかじりの知識は、この場所が世界の終わりだと考えている少年にいったいどんな影響を与えたものだろう。下手をすれば彼を絶望の淵に叩き落すかもしれないとも旅人は思っていた。けれどあろうことか、少年は小さくふきだした。

「だがそれは、あの森じゃない」
「当然だ」

 力強く首肯したことは、少年を励ます力になっただろうか。
 ことん、と背に少年の頭が当たった。殆ど言葉をかわさなかった。触れあったのはもしかしたらこれが初めてだ。
 濡れて肌に貼りついた服越しに、じんわりとあたたかい熱が広がる。人とはあたたかいものだったのかと、旅人は思い出した。最後にこんな風に誰かと触れあったのは、もしかしたら軍に入る以前かもしれない。だが、そのようなぬくもりを享受する資格が果たしてこの身にあるのだろうか。この身はおびただしい量の血を浴びた体である。この手は何十人もの人を殺めた手である。旅人は奥歯を噛みしめた。

『光の無い私達に、貴方は唯一の救いなのかもしれないわね』
 
 疫病に犯された身で、笑った母の顔をロックオンは一生忘れることはないだろう。悲鳴を聞いた。命乞いの声を聞いた。病に苦しむ声を聞いた。ありがとうと笑ったのは母だけだった。炎に焼かれて狂い死ぬよりはいっそと思ったのは紛れもなくエゴである。それでも後悔だけはしてはいけないのだと自分を叱咤し続けていた。ただ、罪だけを背負った。

「……果てが見たい」

 ぽつりと呟かれた少年の言葉が、旅人を思考の海からすくい上げた。

「果て?」

 旅人が鸚鵡返しに訊ねると、額を当てたまま少年は頷いた。

「世界の果てが見たい。俺は今まで生まれ育った村とあの森しか知らなかった。だが、あの小屋を出てから世界は俺の知らないもので溢れていた。お前が俺を導いてくれた」

 導く。そんな高尚なことをしたわけではない。ついてくるかと訊ねたのにしたって旅人の意思ではなかった。それなのに、彼は、刹那は、

「ありがとう」
「―――っ」

 感謝の言葉を受けること。これ以上の責め苦はないと旅人は内心暗く笑った。

「……行くか、果てまで」

 少年は小さくではあるが笑ったのが何となく、分かった。少しこそばゆい。
 一緒に、行けるかは分からない。元々死に場所を求めて彷徨う亡霊のような旅人である。どこに終わりが待ち構えているか分からない。
 それでも、純真無垢なこの少年だけはどうかその願いが叶うように、と旅人は祈らざるを得なかった。
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