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「 性・8 」

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2025.01.21 Tuesday 11:12

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性・8

2011.08.12 Friday 23:41

一応キリのいいところで切るようにしているので、長短バラバラです。
前回に関して言うと、3人分のストーリーがあったので、2人と1人に分けることも考えたのですが、森の話ばっかりで数かさむのは何かあれだったので一本にしました。結局長さは変わらないわけなんだけど。

「ここはどこだ」

 覚醒した少年の第一声がそれだった。むしろそれは旅人の台詞だった。この小屋が南砦の近くにあったことは旅人にとって幸運ではあったが、自身が森の入口だと認識したあの場所からいったいどれだけ離れているのか、またどの方向にあるのか、旅人は知らない。もしかしたらここはまだ、幻影の森の中なのかもしれないと、旅人は感じていた。だから少年の問いに答えることは容易ではなかったのである。

「…俺は、どうしてここにいる」

 何時まで経っても何の反応も示さない旅人に焦れたのか、少年は質問を変えた。上体を起こした少年はきょろきょろと辺りを見渡して、違う、と声を零す。

「ここは俺のいた小屋じゃない。俺はそこから出て森に向かったはずだ。森の意思が宿るという大樹の前に、連れて行かれた」

 勿論、旅人はそれを知っている。先程、森が『思い出した』光景である。もしかしたら、と旅人は思う。この少年の記憶は水晶に呑みこまれたあの時で止まっているのかもしれない、と。しかしすぐに否定する。初めて少年に会った時、彼は淡々と様々なことを語ったのだ。
 旅人はもう一度よく少年の表情を伺ってみた。初めて見た時の人形さながらの無表情に比べて、今の彼には焦りの色が濃く見える。同じ顔なのにまるで別人のようだ。最初の生贄と呼ばれた少年とこの少年は顔こそは瓜二つだが、性格は正反対と言ってもよかった。例えるなら、それか。

「どうして俺はこんな所にいる。お前は知っているのか」

 語調が強まってまるで詰問されているような気分になった。ここはどこだとばかり少年は問う。まるで何かに責めたてられているように。こんな所にいる場合ではないと言うかのように。
 古の(しかし旅人はあれがいったい何年前の光景かは知らない)使命に未だ、この少年は囚われているのかもしれない。

「お前の知っている森はもう、存在しない」

 だから旅人は簡潔に、ただそれだけを答えた。少年の瞳が見開かれる。次いですぐに、眉間に深い皺を刻んで、旅人を睨みつけてきた。

「ふざけたことを言うな。あの森がなくなるわけがない!どこまでもう続く永遠の深緑がそう簡単に消え失せるわけがない。あまつさえ、あれは魔の力を持った森だ。人の手でさえ消せやしない森が、どうしてその存在を喪える!!」

 少年が語調を荒げる程、激昂する程、旅人はかつて森の意思が抱いた憐みの理由を知った。この十四、五の子どもには恐らくそれしかないのだ。最初から、その存在に課せられた使命しかなかった。だからその使命が果たせないことにうろたえる。使命の対象たる森の消滅を受け入れられないでいるのだろう、と。

「来い!」

 旅人は少し強めに叫び、少年の腕を掴んで無理やり立ち上がらせると、そのまま玄関扉まで引きずっていった。勢いよく、半ば蹴破るように扉を開ける。
 地平線へと沈みゆく太陽が目を焼いた。朱く燃えるような空と、太陽の光を受けて黄金色に化粧する平原。その光景の中に、旅人は少年を放り込んだ。急に放り出された少年は、そのまま地へと伏す。それから緩慢な動作で体を起こし、目の前に広がるだだっ広くなだらかな大地を、どこか驚いたように眺めていた。

「見ろ。ここは元々森が在った場所だ。だけど今はもうどこにもない。森はなくなったんだ」
「森が、なくなった……?」

 呆然と半ば夢見心地に少年は呟く。彼には信じられないのだろう。あまりにも広大だった森が、この大地を埋め尽くすような森が最早どこにもないのだという現実が。
 旅人もまた眼前に広がる光景に少し驚いていた。今までずっと荒野を旅してきた旅人ではあるが、周囲を取り巻くただの風景にこれほどまで心を動かされたのは初めてだった。見ようとしなかったのだろう、と旅人はひとりごちる。生き急ぐように、この国から出るのに必死だった。この国には自分の居場所はない。そうしたのは自分だ。だから数々の負い目に、あらゆることから目を逸らしていたのだと。空の美しさも、何もかも立ち止まって、見て、初めて気づくものなのだろう。

「―――」

 感慨に耽る旅人の足元で、少年が何かを言ったようだった。掠れたその言葉は旅人の耳に届く前に霧散してしまう。旅人が首を傾げていると、少年はぐるんと首を回して旅人を見た。
 
「綺麗だ」

 おおよそ、少年には似つかわしくない言葉だった。こんなことを思うのは少年に対しては失礼だろうが、旅人はどうしてもそう思ってしまった。
 旅人の胸中など気にせず、少年は続ける。

「見渡す限り全く森の姿が見えない。地平線の彼方にも、どこにも、森がない。森がない景色はこんなにも、綺麗なものだったのか」

 少年は再び前を向くと、そっと目を伏せた。夕日に照らされた彼の横顔を盗み見るも、少年が何を思っているのか旅人には全く分からなかった。だけど別にそれで構わないとも思った。知る必要がない。

「なぁ、お前俺と一緒に来ないか」

 その言葉は旅人の口を突いて出た言葉だったが、旅人自身の言葉ではなかった。

「森以外の、お前が見たこともないモノを見せてやる」

 旅人はこの時初めて、はめられたと感じた。旅人の意思を奪い、自由を奪い、勝手に言葉を発したのはこの身体に憑依した森の意思だったのである。
 しかし目の前の(驚きに満ちたまなざしでこちらを見上げている)少年は、そんな事知る由もない。森が消滅したと同時に、森の意思もなくなったと思っているに違いない彼にとって、まさか目の前の男が森の意思に操られているとは思いにもよらないだろう。

「森はなくなった。お前の使命は終わったんだ」

 すっと、体の中から何かが抜けだす感覚がした。それが森の意思が出て行ったのだということは旅人にはすぐに分かった。そして同時に頭を抱えることになる。目の前の少年はしっかりと、頷いてしまったのだ。

「行く」

 まさかここで、今の言葉は俺のものではないと言うことはできないし、旅人も性格上そんなことを言えるような人間ではなかった。ええいままよ。乗り掛かった船である。森の意思が満足するところまでこの少年を連れていこう。案外砦を超えたらあっさり解放、ということも在り得るかも知れない。少年がいようがいまいが、この先に進めるのなら何だっていい。
 この時はまだ、そう思っていた。
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