後にイヴァンは語る。あの時ばかりは禁酒を胸に誓った、と。
それはいつもと同じ爽やかな朝――のはずだった。昨晩たらふくウォトカを飲んだイヴァンは、しかし二日酔いとは無縁であるため、比較的スッキリとした目覚めを迎えた。すると――
「おはよう、兄さん」
耳元で息を吹き掛けるように、甘い――それ以上に背筋が凍るような――声が聞こえた。一瞬、呼吸することも忘れピタリと固まったイヴァンだったが、ぎぎぎと音がしそうなほどぎこちない動きで、背後を振り返った。するとそこにはやはり、恐れて止まない妹の姿があった。
「なななな、ナターリヤ?」
「ええ。おはよう、兄さん」
ニッコリと可愛らしく凶悪な笑みを浮かべるナターリヤに冬将軍到来。まだ自分は夢を見ているのかと思い、頬を引っ張ってみても痛いばかりで、目の前の妹の笑みは消えない。
「な、んで君がいるのかな…?」
勇気をふり絞って訊ねてみる。
「兄さんが、珍しく酔ってしまわれて、私が介抱したの。兄さんったら、
新婚初夜だって言うのにあんなに激しく」
ポッと頬を赤らめて視線をそらすナターリャ。いやいやいやいやないないないない。イヴァンは心の中で全否定した。するとそれを感じ取ったのか、ナターリャの表情が一気に曇る。
「兄さん。もしかして忘れてしまったの?」
ここではいそうですと頷いたらどうなるか、イヴァンは身をもって知っているから、引きつった笑みを浮かべて、
「そんな事実はないと思うんだ」
うっかり本音を言ってしまった。しまったと思うも後の祭り。ナターリヤからは何やらどす黒いものが放たれて来る。
「婚姻届にサインしたことも、あんなことやこんなこともしたのに、全部忘れてしまわれたの?」
むしろ、あんなことやこんなことの中身を教えてもらいたいものである。切実に。
そう思っているうちに、ずずいっと距離を詰めてきたナターリヤに両手をがしりと掴まれる。
「忘れてしまったのは仕方ないから、もう一度最初からやり直しましょう? 兄さん」
「で、でも…ほら、そろそろ仕度しないと」
視線をそらして彼女から距離を取ろうとしたイヴァンだったが、ナターリヤの力は想像以上に強く、身体がびくりとも動かせない。
「これ以上に大切な用事なんてないわ。さあ、兄さん」
イヴァンはこの時のナターリヤが浮かべた笑みを、忘れることはなかった。
「結婚しましょう?」
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初書き二人に大苦戦でした。
ベラ相手にはたじたじ(というより命の危険感じてそう)なろっ様が好きです。
次は…青春な感じです。
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