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「 小説 」

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甘え方(ニル刹)

2011.07.24 Sunday 00:28

一通りトレーニングが終わり、ロックオンは談話室でくつろいでいた。携帯端末が移すニュースを聞きながら、なかなか寝心地のいいソファに横になっていると少しではあるが日々の疲れが取れるような気がする。本来なら自室に戻ってベッドで寝た方がいいのだろうが、この後任務のための移動を控えており、そんな事をしている時間もない。
ふと、小さな機械音が耳に入った。視線を向けると、小柄なマイスターの姿。珍しいと内心呟いて、よ、と片手をあげて挨拶すれば、刹那はどこかほっとしたようだった。おや、と首を傾げる間にその子はこちらへやってくる。何か用事があって探していたのだろうかと、体を起こしてソファに座りなおす。
「どうかしたのか?刹那」
「……お前を探していた」
刹那は少しだけ不機嫌そうに目を細めて、ロックオンの隣へ腰を下ろす。珍しい。この子供が自らの意思でこんなにも近くに寄って来るなんて。
「俺に用事か?」
「移動まで時間があるな」
「あ、ああ」
「ならいい」
こくりと頷いて、刹那はぴたりと寄り添ったまま動かない。用事、があったんだよな、と不思議に思いながらも言葉にはしなかった。その言葉をかけたら、どうしてだか、この野生動物にも似た子供は一目散に逃げ出してしまうような気がしたのだ。
ふむ、とひじ掛けに片肘ついて、横目で刹那の様子をうかがう。ぼんやりとしながらも、気は抜いていない。下手に触りでもしたら放り投げられそうだ。
多分見た目よりも色々と考えているこの子のことだから、何らかの考えがあってのことなのだろう。それが何なのかロックオンには分からないけれど、刹那が満足ならばそれでいいだろう。そう結論付けて、目を閉じた。不思議と、この子供の隣は落ち着くのは事実だったから。

ピピピ。小さくなったのは電子端末。ジカン。ジカン。と今まで大人しくしていたハロが騒ぎ始める。それに意識が覚醒した。
「…時間か」
「ん。らしいな」
「分かった」
まだ意識が少々おぼろげなロックオンに比べ、先程とあまり変わりない様子で頷いて、刹那は立ちあがった。
「で、結局お前何だったんだ?」
もう訊いてもいいだろう。欠伸を噛み殺して伸びをして。振り返った刹那と視線が交差した。おや、と思う。刹那が少し挙動不審なように見えた。多分気のせいなのだろうけど。
「アレルヤに、疲れていると指摘された」
「そうか」
「疲れが残っている状態は任務に支障をきたす恐れがある。だから疲れを取る方法を訊ねた。そうすると、誰かに甘えてみるのはどうかと言われた」
「ん?ああ…?」
アレルヤの口からそんな言葉が出てくるのは少し不思議だったが、刹那はロックオンの様子など気にせず話を続ける。
「だが、甘えるとはどういうことなのか分からず、どうすればいいかと訊ねた。アレルヤは、好きな人の傍にいてはどうかと言った」
この時ばかりはアレルヤに心底同情した。この、ある意味純真無垢な少年の、それこそ純粋な問いかけに逐一答えるのはかなり気恥ずかしいものだっただろう。あのアレルヤのことだから平気だったという可能性も捨てきれないが。だが、本当に気にすべきはそこではないと、やや遅れて気がついた。
「え?お前、それで俺の所に来たのか?」
「?何か変だったか」
心底不思議そうに刹那は訊いてくる。変だったかと訊かれて、変だともそうじゃないともまともに答えられるものか。深い意味なんてないに違いない。多分。それでも、妙に照れてしまうのは、自分と同じものをこの子も受け取っていたのだろうかと思ったから。
この子の傍にいるのが心地よいとロックオンが感じるように、刹那もまた、ロックオンと同じように感じているのだとしたら。それは――
「……敵わねぇな、お前さんには」
わざとおどけた調子で言ってみたものの、刹那はきょとんとするだけ。無意識だったのか。その方が性質が悪いが。
「俺も、お前といると落ち着く」
「そうか」
こくりと頷いて刹那はそのまま部屋を出て行った。床でころころぴょんぴょん動き回るハロが、ジカン。ジカン。と騒いでいたが、どうしても相手をしてやる気分にならなくて、ロックオンは片手で目元を多い、ぐったりとソファの背にもたれかかった。
あの子にはどうあっても勝てそうにない。

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死ぬことよりも恐いこと(総一)

2011.07.18 Monday 07:35

 暗い冬の海が好きだった。
凍てつくような寒さの中、防寒具を脱ぎ捨てて、着慣れてしまった制服のまま、一歩一歩と波打ち際に足を向ける。さらさらとした砂の感触がやがて水気を帯びて、湿った砂のじゃりっとした感触へと変わっていく。冷たい、と感じる心はどこかに置き忘れて、呆けたように灰色の水面を見つめたまま水の中へと沈んでいく。冬の海に、しかもこんな恰好で。正気の沙汰ではないと人は言うだろうが、あいにくここにはただ1人がいるのみで、口煩い他人はいなかった。もし遠目か、もしくは島の何処をも映すカメラに捉えられていたら、一騒動になるのだろうかと、他人事のように考える。
どんどん足を進めて行ったら、もう胸元にまで水中に埋まってしまった。ぐっしょりと水を含んだ服が少し重いような気もする。これさえも切り落として、後ろへと置いて行ってしまえたなら。
ふと、背後へと視線を向けた。冬のどんよりとした曇り空の下にある故郷は、けれど何故かぬくもりに包まれているような気がして、目を細めた。眩しい。
「一騎」
呼ばれた。気のせいじゃない。声がした。力強い声が、呼ぶ。この身を呼び起こす。
一度目を閉じて、もう一度開いて見たら、一気に意識が覚醒した。すると、唐突に体が重くなって、全身を寒気が包んだ。先程までは何も感じず進めたのに、もうこれ以上進めない。
「もう、いいだろう」
「……ああ」
問いかけに頷いて、振り返ろうとしたら、かくんと体が傾いた。急に深くなっていた瀬に、捕らわれて、暗い海の中に、落ちる。
「一騎!」
焦ったような叫び声を聞いた気がしたけれど、体は海水の中に落ちて、包まれた。こぽこぽと口から酸素がこぼれていく。もがこうにも力が出なくて、ただ呆然と見上げた空は水面に遮られていたけれど、代わりに太陽の光を受け止めてキラキラと輝いていた。
「(何だ、全然暗くない)」
落胆したような、安堵したような、実に不思議な気分だった。不意に、光が震える。何事かと目を凝らしたら、こちらに向かって来る人影が見えた。それが誰なのか、なんて、考えるまでもない。一度目を閉じて笑う。大丈夫なのに。心配する必要なんてない。必ず、そこに還るから。だけど仕方ない。追って来たのなら手を伸ばさないと。力強いのにどこか頼りない、その指に触れた。
すぐさま海水から引きずり出されて、陸までズルズルと運ばれる。多分、少し怒ってる。
2人、冷たい砂浜に寝転んで、荒い呼吸を整えていた。先に回復したのは相手の方で、上体を起こすと濡れた髪をかきあげて、呆れたようにこちらを見下ろした。
「何をしているんだも前は」
多分、色んな言葉を呑みこんだ末の声なのだろうと、何となく、解る。
「…足が滑って」
「それで溺れかけたのか?僕がいなかったらどうするつもりだったんだ。第一、真冬の海に入るなんて……」
「……総士がいなかったら、そもそも入ろうとしなかった」
総士は小さく息を吐いた。
「そうだろうと思った」
見透かされていたことに少し驚いたけれど、それほど意外にも思わなかった。そう、言われる気がしたのだ。何となく。
体を起こす、目に映るのは灰色の海と灰色の空。
「戻るぞ」
立ちあがって、総士は言う。いつもと変わりなく。それに軽く肩をすくめると、不意に、視界が陰った。ぼんやりとかすれて、徐々に見えなくなっていく。
「総士?」
「どうした?一騎」
ふわりと、触れる。いつも冷たいてのひらは、今日ばかりは冷え切った体にじんわりと熱をもたらす。その手に自分の手を重ねて、目を閉じる。
「…………何でもないんだ。何でも」
「………ん?」
もう一度、この熱を失うことが途方もなく恐かった。それこそ、冬の海に独り溺れるよりずっと。ただ、それだけのことだった。










――――――――――――――――――――――――――
アンケで入っていたのでファフナーの総一。総士+一騎、のようにも見えるかもしれない。だってほら原作があれだから。
ファフナーを出すのはこれが初めてだと思うのですが……既出…ではないですよね…?
映画見た直後くらいに書いたものですが、何時頃の話なのかは特に決めていないです。
小説版で一騎が冬の海が好きだと言っていたようないなかったような。小説版の雰囲気を真似たというか意識した感じになっているようにも思うのですが、何しろ最後に読んだのが去年なのではっきりしないです。

2個下とリンクしてる話(ニル刹)

2011.07.14 Thursday 02:17

 ぬくもりを、一度知ったら戻れなくなる。失うのが恐くなる。だから自らの手でそれを封じた。もしも、この手が再びぬくもりを知ってしまったら、手に焼きついたぬくもりが邪魔になって、トリガーを引けなくなってしまうような気がしたから。誰かにとってのぬくもりを、自分が今度は奪うのだということを、少なくとも理解はしていた。
だけど、泣くのだ。大切にしたい子供が泣くのだ。何で泣くのかと優しく訊ねてみても、軽くちゃかしてみても、あの子は一向に答えようとしなかった。それなのに、まるで涙が流れていることなど気付いていないかのように、ほろほろ、ほろほろと無表情に声も泣く、涙を流し続けたのだ。嗚呼きっと、この子をこんな風に泣かせてしまったのは自分のせいなのだと、気付いた。けれど気付いたところで何もしてやれるわけがなかった。他人を拒絶している自分が、この子に何をしてやれるだろう。
やわらかく、けれど強めに噛みつかれた指の感覚は、なかなか抜けなかった。消えなかった。それはとても困ることだった。何故ならあの子が噛みついたのはトリガーにかける指で、この指が動かないことには無駄弾ひとつ撃ちだすことはできないのだから。
訓練ならまだしも、それは実践だった。幸いにも、一度撃てなかったことが何か大事に繋がることはなかったが、それはミッション内での話。心には重いものが圧し掛かった。ここで止まってはいけない。立ち止まってしまったら、いったい今まで何の為に誰かの大切な人を殺し続けた来たのか分からなくなってしまう。立ち止まれなかった。けれど、進みづらかった。
彼が部屋に泊っていった日。甘い空気なんて皆無なのに(そもそもこの子供にムードだ何だ期待する方が無理だ)、抱き合って眠った日。いつものように、狭いベッドの上で2人眠っていたのに、真夜中を過ぎたあたりで目が覚めた。そうしてふと隣を見たら、あの日のように、その子はほろほろと、声もなく泣いていたのだ。この子の涙を見るのは、これが2回目だった。
感情さえ滅多に表に出さない人間が、2回も泣いている姿を見たら、よっぽど何かが哀しいのだろうと嫌でも分かる。そしてその原因は自分にあるだろうことも、分かる。分からない程鈍くはなかった。たとえばこれが、アレルヤのように鈍感だったらよかったのだろうか。それとも、ティエリアのように冷徹であったらよかったのだろうか。そのどちらでもない、ロックオンはどうすればいいのか分からず困り切って、そっと少年の涙を拭ってやった。そして、目にとまった。
嗚呼、そうだ。これが彼を悲しませるのだと、気付いて、ぎりっと奥歯を鳴らした。
臆病者だと罵られて、否定もせずにただ肯定した。自覚はあった。触れるのが恐いなんて、失うのが恐いなんて、臆病者以外の何者でもない。少し前ならば、皆お前みたいに強くないんだとでも言っただろうか。今は言えない。この子の涙を見たら、言えなくなった。
グローブを外すと外気に触れた皮膚が少し寒気を感じる。快適に空調が効いた部屋であっても、空気は冷たく感じる。一度手を握りしめてみる。自分の指の感触。熱。
一度じっと自分の指を見下ろして、暗がりだというのに手相さえ見えるのではないかと思うくらい、穴が空くくらいじっと見下ろして、ようやく持ちあげた。そして、触れた。涙の跡が残る頬に触れた。やわらかい、とか。あたたかい、とか。そんな、何でもないような感想が頭のなかにぽつぽつと浮かんだ。
まるでぐずる子供をあやすように撫でてみる。指に伝わる感触。温度。幸福感。
そう。ニール・ディランディはどうしようもなく満たされていた。嬉しかったのだ。再び誰かのぬくもりに触れられたことが、あろうことかそれを拒絶していた張本人が喜んだのだ。
あったかい。ほっとする。生きている。傍にいる。感じる。深いところで感じる。ぬくもりを感じる。
「……っ」
うっかり込み上げてきたものを呑みこんで、かき消すように首を振る。ダメだ。泣いてはいけない。この子を拒絶し泣かせた自分が、被害者面して泣いてはいけない。そんな権利はない。
再びグローブをはめた。厚手のグローブの下で、まだ彼のぬくもりがてのひらに貼りついていた。予想以上にそれは厄介なものだった。
これ以上触れていたら、離せなくなる。放れられなくなる。進めなくなる。やっと、本当にやっと手に入れることができたぬくもりが忘れられなくなって、どうしようもなくなってしまう。だから、だから、もう一度ちゃんと触れるのは全てが終わった後に。彼の前で、こんなもの引き裂いて、そして、受け入れよう。すべて。
だからそれまでは赦してくれ、と、まるで懺悔するように、そっと少年の目尻に唇を寄せる。そこはもう乾いていた。
この手でちゃんと触れたなら、この子はどんな顔をするのだろう。その時は気障ったらしく指輪でも贈ってみせようか。その身を一生束縛するために。年甲斐もなくはしゃぐ自分を笑いながら、穏やかな寝息を立てる子供の体を抱き寄せた。
そんな日を夢見た。永遠に来ない日を、夢見た。










――――――――――――――――――
2個下のより明るい話を目指した結果、蛇足部分を考慮すると、大変な鬱になりました。

↓の蛇足

2011.07.14 Thursday 01:48

「兄さんのあれは、家族が殺されてからだな」
5年近く経って、そんな話を聞くとは思わなかった。あの人は俺と同じ顔をしているくせに、妙に神経質で、そして臆病で、強かったよと、彼は言った。そんなこと知っていると、切り捨てることはしなかった。そうすることで、彼と自分の繋がりの深さと、溝の大きさを思い出して、またあの日のように酷く胸が痛むような気がしたから。
「自分の領域に入れたものは凄く大切にする人だったから。大切なものをつくらないようにして、そうやって、傷つくことから逃げたんだろうな」
「それはただ臆病なだけだ」
思わず口を突いて出た言葉。彼の弟は、彼と同じ顔で目をまるくして、それもそうだ、と薄く笑った。
「でもな、人間っていうのは弱い生き物だ。皆、お前みたいに強くないんだよ」
強い、と言う。彼と同じ顔で、彼とは違った笑い方をする男は言う。彼もまた、同じ言葉を言っただろうか。強い、と。刹那・F・セイエイは強い、と言っただろうか。
ありえない。強いわけがない。本当に強いなら、さっさとあんなものさっさと引きちぎっていただろう。そのことに彼が怯えても傷ついても構わない。全てを蹴破ったその後に、自分が彼を癒してやる、それくらいの芸当をやってみせたはずだ。だからそれが出来ない自分はきっと、彼と同じくらい弱い生き物だったのだ。

臆病者(ニル刹)

2011.07.14 Thursday 01:23

 何で泣いているんだ、と彼は言った。何がそんなに哀しいんだ。お前が泣くなんて、何か変だな。そんな言葉を並びたてた。そして自分は、自分が泣いていることにさえ気付かなかった。ただ、決して踏み越えることのできないボーダーラインを引きちぎりたくて仕方がなかった。

スナイパーである彼は手指を冷やさないようになのか何なのか、ミッション外でも常にグローブをつけている。それこそ水を触る時か、シャワーを浴びる時以外、外したのを見たことがない。まるで、他人を拒絶しているように見える、とある人が淋しそうに言っていた。
彼はよく、触れてきた。頭を撫でたり、肩を叩いたり、背を押したり。けれど彼の温度を感じたことは一度も無かった。厚いグローブが、相手の熱も己の熱をも遮断して、決して触れあっているとは思えなかった。
好きだと言われたことがあったし、恐らく恋人同士がするであろう行為をしたこともあった。それでも一度だって、直に触れられることはなかった。
一度、あまりにもそれが苛立たしくて、隙を突いて奪い取ってやろうと思ったことがある。完璧な死角から奇襲をかけたのに、ミッションを成功させることはできなかった。がら空きの背中にタックルを喰らわせることはできても、その手からグローブをはがすことはできなかった。まるで接着剤で貼りついてしまっているかのように。まるでそれさえも彼の体の一部であるかのように。
貴方は他人を受け入れるふりをして、拒絶しているのですね。そう、仲間の1人が言った。とても哀しそうに言った。落ちた沈黙にその仲間は踵を返し部屋を出て行き、重い空気の中で2人だけが取り残された。
彼はどこか冷めた瞳で、己の手を見下ろしていた。
「何故、外さない」
直接的に訊いたのは、これが初めてだったかもしれない。以前のミッション時に何でこんなことをするのかと笑いながら問い詰められたが、適当にはぐらかしたから。本当にこれが初めての問いかけだったのかもしれない。
「手を、冷やすわけにはいかないだろ」
予想通りの言葉が返された。違う。そんな建前が聞きたいわけじゃない。
「あいつの言う通りじゃないのか」
「……ティエリアの?」
グローブから視線を上げて、振り返った彼の瞳はわずかながら戸惑いが浮かんでいた。その瞳に揺さぶられるように、心の深いところで何かが燻ぶる。
「お前は拒絶しているんじゃないのか。あいつを、仲間を、そして、俺を」
言葉を重ねるたびに、酷く痛む場所があった。鳩尾の辺りがきゅうとなる。薄く開かれた唇から、何かがこぼれ落ちることを恐れるように。酷く、酷く、痛んで、違和感を生んだ。
「………………別に、そんなつもりはないよ」
笑った。この期に及んで、彼は笑った。薄っぺらな、吐き気がするような笑み。込み上げてきた怒りにまかせ、素早く足払いをかけて長身を床に叩きつける、その上に馬乗りになって片手を床に縫いとめ、片手を、彼の利き手を掴んだ。
「…っ、はっ……は……」
呼吸が荒い。何故だ。別に激しい運動をしたわけじゃない。これくらいのこと、軽くやってのけられるはずなのに。息苦しい。
「刹那」
呼ぶ、声の、冷たさに、呼吸はもっと荒くなって、どこかはもっと痛くなった。それでも退きたくなくて、負けたくなくて、彼の利き手の人差し指に歯を立てた。力を込めて引き上げれば、呆気無くグローブは外れる。
刹那、と先程の彼の声が頭の中に響いて、動きを止める。動けない。動けない。動けない。どうして。
この手からグローブをはがすことに、いったい何の目的があったのだろう。今更になって自問する。
呼吸が荒い。耳の中で鼓動が高鳴る。痛い。痛い。痛い。心臓が痛い。胸が痛い。心が痛い。
彼が頑なにつけ続けるグローブをはがすことに意義があったわけじゃない。その手に、裸の手に、触れたかった。触れられたかった。拒絶されたくなかった。他の人たちと同じように、線を引かれたくなかった。彼の中の特別で在りたかった。自分の中で彼がそうであるように、そう、させられたように。触れられたくない領域の中に踏み込んで、蹂躙して、存在を植えつけたかった。そんなこと、できるはずがないのに。これを剥がしたって結局は、彼が自らの意思で踏み越えない限り、線は消えずにそこに横たわるのに。
「………ごめんな」
数々の言葉を並びたてた後に、彼はぽつりとそう言った。もう、自由に動けるはずなのにそうしなくて、押し倒された格好のまま、ガラス玉のような瞳でただこちらを見上げていた。
彼はもう二度と、その線の中に誰かを入れることはないのだろう。
「臆病者」
「ああ」
「臆病者臆病者臆病者」
何度も何度も罵った。呪いの言葉のように繰り返した。
自分とて、受け入れてほしいと言ったことは一度だってないのに。









―――――――――――――――
昔書いた、『裸のてのひら』とは対になる話。
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